蜃気楼
「もし魔法が使えたら、若菜お姉ちゃんは何がしたい?」 絵本を読んであげているとき突然そう聞かれ、若菜はえっ?と言葉につまった。絵本の内容が魔法使いの話だったためであろうか、クリスはそう聞いてきた。 「ねぇ、どうしたいと思う?」 クリスの質問に若菜は目を閉じ少し考えた。そして目を開けながら「そうですね、少し…勇気がほしいですわ」と言い、微笑ながらクリスの方を見た。 若菜の祖父と学生時代からの友人である外交官のハワード氏が、仕事のために日本に来ているのであるが、氏の一人娘であるクリスも一緒に日本に来ている。若菜も何度かクリスのお守りをしたことはあるのだが、クリスのオテンバは相変わらずで若菜はクリスに引きずり回されていた。ハワード氏はそのことを知っているようで「すまないねぇ」というような困った顔を若菜に向けていた。若菜はといえば、確かにクリスの元気のあふれる行動やとんでもない行動には振り回されっぱなしであったが、クリスと一緒にいることは嫌いではなかったし、むしろクリスのことは好きであったので、逆にハワード氏にそのように気を使ってもらうことが若菜にとっては悪い気がしていた。 「え〜、それ、魔法なの?ちょっと違うと思うなぁ〜…」 クリスは首をかしげた。 「そうですわね、私の言い方がおかしかったのかもしれませんね…」 若菜はクリスの様子を見て微笑みながらそう言った。 「あたしならねぇ…トーマスとずっといられるようにするなぁ…」 と、クリスはうっとりしながら言ったがすぐに、「若菜お姉ちゃんはどうなの?」と聞いてきた。若菜は少しびっくりして「なにが…ですの?」と聞き返した。 「ほら、この前教えてくれた東京にいる好きな人とはどうなの?」 クリスのその言葉に若菜は「え、えぇ」と少し顔を赤らめた。 「会いに来てくれたの?」 「えぇ、今でも時々お会いしますけど…」 「ホント?!やったじゃん!」 クリスはまるで自分のことのようにはしゃいだ。 「どんなとこに行ったりしているの?ご飯食べたりとか?キスはしたの??」 若菜はその質問攻めに戸惑ったが、「そのお話もしてあげますけど、もうこんな時間だから眠りましょう。」とクリスを落ち着かせた。 「うん!えへへ、楽しみだな…おやすみなさい」 クリスに挨拶をすますと若菜も電気を消して布団にもぐりこんだ。 (魔法…ですか…) 若菜はさっきの話を思い出していた。確かにクリスの言う通り、勇気は魔法ではない。若菜はその魔法を使う勇気がほしかった。 (少し…私は…変わってもいいのでしょうか…) 若菜はそんな事を思っていると、いつの間にか眠りについていた……………… 若菜は夢を見ていた。少し不思議で、少し恥ずかしく、そして楽しい夢だった。 目の前にはあの少年がいた。いつものように笑ってくれる少年だった。 (その笑顔はあたしに向けてくれているの?…………それとも…………) 若菜はそう思うと少年に魔法をかけた…… ずっと、ずっと私の側に居てくれるように…… もっと、もっと私に夢中になってくれるように…… きっと、きっと一番、私の事を好きでいてくれるように…… 目が覚めた。 隣りにはクリスが小さな寝息をたてていた。外はうっすらと夜が明けていた。 若菜はまだ夢の中にいるような、ぼんやりした気分でいた。そして夢の中のことを思い出していた…。 「クリスちゃん」と若菜は自分に言い聞かせるように、そしてクリスの頭を優しく撫でながらつぶやいていた。 「私は『わがまま』になりたいのですね。きっとそれは今が苦しいとか、嫌だとかそんなことないんですわね。きっとあの方に…もっと…ただ……いて欲しいだけなんですよ。ただ何もしなくても…もっと……ただ、もっと……」 若菜は優しくただ優しくクリスの頭を撫でていた。 外はまぶしい光が溢れ出していた。きっと天気は今日も良いのだろうと若菜は思うと、今日のクリスとのこれからの一日を思い浮かべていた。 |
〜 月の裏さんあとがき〜
| 今回は『若菜』を主人公にしたものにしました。文庫の方にしか出ていない『クリ ス』も登場させたのですが……知っている方はニヤッとしてもらえれば幸いです |
| とても若菜らしいお話です。 ほんのちょっとしたことなのですが、勇気、最初のその一歩がなかなか踏み出せないこともあるのです。 |
