〜 ETERNAL BREAK 〜
| ――― 三月 ――― 春休み………四月からは三年生になる最後の高校生活の年。わた しはありったけの勇気をかき集めて、あの人に会う為に東京に行っ た。だけど………ようやく探り当てた家にあの人はいなかった。 わたしは手紙を書いて郵便受けに入れる。でも名前は書かない。 書かなくても、わたしだって解ってもらえるよね。 変わらぬ日常が続く。バイトに明け暮れ、遊び歩く毎日。3年生 になれば勉強しなければならない、今だから遊べるのだ………そう 言い聞かせる毎日。変わるはずがない毎日………変化が訪れる。 ポストを開ける。新聞と一緒に出てきたのは一通の手紙。それは 僕への想いを込めた手紙。裏には忘れられない名前があった。 ――― 四月 ――― 高校最後の年………これから高校最後の年が始まる。薄汚れたこ の制服とも今年で最後なのかと思うと、少し新鮮味がわいてくる。 校長先生の長い話もそう思えば、短く感じられる気がする。 長い始業式から開放され、体育館から外へと出る。思わず溜息を つき見上げると、そこは桜の季節だった。 高校最後の年………これからは今までやらなかった勉強をしなけ ればならないと思う。この決心がいつまで続くのか………自分でも 興味がある。 溜息にも似た自嘲の笑い、空を見上げると………桜の世界が広が っていた。 ――― 五月 ――― ふと思う。なんであの時、名前を書かなかったのか。あの人なら きっと解ってくれる………それはわたしの甘えだったんじゃ……… そうなんだろうな。手紙だけを置いて帰るなんて。 これじゃ………あの時と変わらない。 三月のあの手紙………今まで忘れることはなかった。だけど、僕 にはどう返事をしていいのか、わからなかった。彼女と最後に会っ てから何年が経っているのか………わかるはずがない。 とにかく………一度会ってみよう。 ――― 六月 ――― 雨が降っている。今日も雨………じとじととした空気はわたしは 嫌い。やっぱり空は晴れているほうが好きだ。その方がわたしらし いと思う。 この前、あの人が突然やってきた。雨降る中、裾をびしょびしょ に濡らして、わたしの家の前で待っていたあの人。最初、信じられ なかった。嬉しいという気持ちすら起きなくて、しばらく立ち尽く していたんだと思う。気づいた時はあの人がわたしの目の前に立っ ていて、声をかけてくれた。 その時、わたしは………泣いていた。 雨が降り落ちる中、僕は待っていた。待つ………だけど、彼女は なかなか帰ってこない。せっかく東京から、意を決してここまで来 たのだ。手ぶらでは帰れないという思いもあったが、それ以上に会 ってみたいという想いの方が強かった。 雨に濡れた手足が疲労を誘い、頭に霞がかかったような気がして くる。まだなのかなと思い、どれほどの時間を待ったのだろうか。 気づくと、彼女が僕の目の前に立っている。 不覚にも僕は………涙が出た。 ――― 七月 ――― 鉛筆を動かす手を止めて、背もたれに体重を預けてリラックスす る。そして思うのはあの日の事。 あの人が来てくれた。わたしだとわかってくれたんだ。そんな嬉 しさを胸にあの人と話をしたけど………あの人はその事には全く触 れることはなかった。久しぶりに会いたいと思ったから来たと言っ ていたけど………本当にそうなのかもしれない。少なくとも……… わたしだとわかっていない。 明日の試験勉強の為に夜遅くまで起きていた僕は、ふとノートを めくる手を止めて、外に出る。そして考えるのはあの日の事。 彼女と出会えた僕はしばらく雑談をして、あの手紙の真意を尋ね た………彼女は未だにあの日の事を気にしていた。僕は彼女に、僕 がやりたくてやったのだから気にするなと言った。だが、それで彼 女の贖罪の気持ちが変わりはしなかった。どうしたらいいのだろう か………本当の事を言えば良いのだろう………だけど言えない。 ――― 八月 ――― あの人と海に行く。こうやってあの人と一緒に遊ぶのなんて、何 年ぶりなんだろう。心が弾み、体も弾む。思いっきりビーチではし ゃぎ、心の底から夏を満喫する。 水面に顔を出し、思いっきり呼吸をする。ほんのしばらくの暗闇 の中、海をしょっぱさを味わい目を開けると………強い日差しの中 青いモクモクと湧き上がる入道雲が水平線の彼方に見え………私は 笑った。 うん、この方がわたしらしい。 彼女と海に行く。こうやって彼女と遊ぶのは久しぶりだ。いつの 頃からか、彼女とは遊ばなくなっていた。子供心に女と遊ぶのなん て………という気持ちがあったんだと思う。 彼女はあの頃と変わりなく、たくさん食べ、たくさん話し、たく さん笑っている。あの頃と変わらない少年の様な彼女。だけど、そ れが僕には………いや、考えすぎなのかもしれない。空を見上げる とどこまでも青の中、白い雲が印象的だった。 今は笑っておこう。 ――― 九月 ――― 長かった夏休みを終りを告げ、新しい学期が幕を開ける。 そろそろ、わたしも本格的に受験勉強をしないといけないかも。 それと………自分の気持ちに決着をつけなければならない。 ………学校生活は慌しくなっていく。 長かったようで短い夏休みが終りを告げ、新しい学期が始まる。 受験勉強をしなければならないと思いはするが、なかなか始めれ ない。だがその前に………決着をつけなければならない。 ………喧騒と競争の流れに巻き込まれて行く。 ――― 十月 ――― 紅葉の季節………赤く染まり出した木々の下、透き通った寂しげ な風がわたし達をそっと撫でていく。 風が止み静寂の中、ふと考える。あれから半年、未だにわたしは 手紙の差出人として、あの人に名乗り出ることができていない。 勇気がないな………わたし。 銀杏の季節………黄色く染まり出した木々の下、冷たさの混じっ た柔らかな風が僕達を包み込む。 秋の囁く息吹の中、ふと考える。あれから半年、彼女は明るく僕 の目の前で振る舞うが、どこか翳りがある。僕は一言が言えない。 卑怯だな………僕は。 ――― 十一月 ――― 追われる日々が続く。しばらくはあの人とは会えない。きっとあ の人も忙しいだろうし。 こんなことになるなら、もっと勉強しておけば良かったと後悔す る。でも後悔しても始まらない。頑張って勉強しよう。でも……… 時々、大学なんてどうでも良いと思ってしまう時がある………どう して大学に行こうとしているのか、疑問に思うこともある。 そんな事は受かってから考えれば良いよね………苦笑する。 塾や試験の毎日。当分の間、彼女とは会えないだろう。彼女の邪 魔をするわけにはいかない。 夜遅くまで塾で勉強をして、家に帰って寝る毎日。今になって、 もっと勉強しておけば良かったと後悔する。周囲を見ると………僕 同様、慌てている者もいれば、変わらぬ様子の者もいる。どこか騒 然とした空気の中、僕は勉強の意味に対して疑問を持つ。 今更勉強してる奴の考えることじゃないな………苦笑する。 ――― 十二月 ――― 刺すような風の中、わたしは立っている。目の前には暗い海が広 がり、磯の匂いが感じられる。 遠くを眺める。まじりっけのない澄んだ大気の中、遥か彼方まで 見通す事ができる。見えそうで見えないその遥か彼方、東の方向に あの人の住む街がある。 近いようで遠いあの人の住む場所。 凍えるようの風の中、わたしは立っている。眼前にはよどんだ海 が広がっている。 ぼうっと遥か彼方を眺望する。ぴんとはりつめた、冷たく純粋な 大気の中、水平線がくっきりと見てとれる。その更に先の西の方向 に、彼女の住む街がある筈だ。 遠いようで近い彼女が住む街。 ――― 一月 ――― 楽しい楽しい冬休み。だけど、高校三年生にとっては、最後の追 いこみの時。わたしは頑張って勉強した。今までにこんなにしたこ とはないってぐらいに、たくさん勉強した。土壇場のあがきって、 こういうのを言うんだろうな。 そして最後の時が近づきつつある。わたしはあの人に言わなけれ ばならない。謝らなければならない。 試験が終わったら………あの人に会おう。 外を眺めるとパラパラと雪が降り出していた。 短くても一息つける冬休み。だが、高校三年生にとっては、最後 の追いこみの時。僕は慌てて本を頭に詰め込む毎日。普段勉強なん てしないくせにやるもんだから、頭がおかしくなりそうになる。正 に悪あがきだ。 そして新しい時が近づきつつある。僕は彼女に言わなければなら ない。本当の事を言わなければならない。 試験が終わったら………彼女に会わなければ。 気づくと雪が降り始めていた。 ――― 二月 ――― 試験も終り、あとは結果を待つだけ。東京のホテルで生活するの も今日が最後。 わたしはあの人と出会い………全てを告白した。 手紙の差し出し人がわたしだって事。あの時、わたしに勇気が少 しでもあれば、あなたを苦しませずにすませた………と。 そんなわたしを、あの人は笑って許してくれた。気にしないで良 い、あれは僕がやりたくてやったんだと言ってくれた。 それを聞いて、わたしはすっと肩が軽くなった。勇気をふりしぼ って言って良かった。わたしはあの人と一緒に晴れ晴れと笑った。 心の底から笑った。 笑みが凍る………わたしのしたかった事はこれなのか。過去の罪 から開放されたかったのか。ううん、違う。これはわたしがすがっ た小さなきっかけ………今になって気づく。 温かい日差しの中にいるにも関わらず、わたしは寒かった。何が 間違っていたのか………わかっている。そう、過去の過ちに囚われ ていた事、勇気がなかった事………本当の気持ちを見つめる勇気が なかった事……… あの人は続けた。俺の事なんか気にせずに彼氏でも作れよと。そ して彼の傍らには既に誰かがいる。その人の名前、それは……… どこまでも暗転した……… 試験も終り、あとは結果を待つだけだ。彼女が東京のホテルで生 活するのも今日が最後。 僕は彼女と出会い………話した。 あの時、僕には彼女への打算しかなかった事。むしろ僕のせいで 重荷を背負わせてしまった事を、謝りたかった………と。 僕は怖かったんだと思う………そんな事を話して、彼女が離れて しまう事が。彼女とのつながりが切れてしまう事が。 素直な本心を全て話し………答えを待つ。 そんな僕を彼女は………そっと笑って包んでくれた。 僕達を結ぶわだかまりは雪のように溶け、残ったのはほんの小さ なつながりだけだった。 だから………今は二人でそのつながりにすがってみようと思う。 開かれた時の中、僕達は新たな一歩を踏み出した。 ――― 三月 ――― 春休み………四月からは三年生になる最後の高校生活の年。わた しはありったけの勇気をかき集めて、あの人に会う為に東京に行っ た。だけど………ようやく探り当てた家にあの人はいなかった。 わたしは手紙を書いて郵便受けに入れる。でも名前は書かない。 書かなくても、わたしだって解ってもらえるよね。 ―――凍りついた陽光の中、立ち止まる。 路傍のひんそうな草、色とりどりの花………むっとする懐かしい 匂いが漂う中、ふと思い出す。何故、今までこんな大事な事を忘れ ていたのか………声に出して笑う。 わたしはあの人のマンションへ急いで戻り、郵便受けを開ける。 鍵がついてなくて良かった………ほっとする。 わたしは手紙をポケットの中に押しこみ、その場で新たに一つの 手紙を書く。 会いたい これが今のわたしの素直な気持ち。それだけで良い………裏に名 前を記してそっと置く。 ひょっとしたら怒っているかもしれない。わたしの顔なんて二度 と見たくないと思っているかもしれない。 でも………あの人だったらきっと来てくれる。 全ては会ってから……… 何かがはじけて木霊する中、わたしは新たな一歩を踏み出した。 |
![]() |
| 後書き ふと思いついてから3日ぐらいであっさりと書き終わる。構成は悪 くないと思うのだけど………どうでしょうかね。もっとも、内容は わけわからんくて、重いです(笑)。うーむ、他の人が読んでわかる のだろうか。 しかし………どうかな。わかりやすいような、わかりにくいような ………その中間を狙ったんですが。今回苦労したのはそこらへんの バランス調整だったりもする………ゲームみたいだな(笑)。 つーか、彼女ってのが誰なのかわかりますかね。こちらの意図とし ては、よく読めばわかるぐらいにしたつもりなのだが………全くわ からんようでは大失敗、読み始めて一瞬でわかっているようでは失 敗、じゃなければ成功。どうだろうなぁ、書いている本人はわかっ て書いてるからわかって当然なんだけど、第三者から見たらどうな るのか………かなり不安。 まぁ、何にせよ………読んで全くわけわからんかった、と言われる ようでは失敗だし、じゃなければ成功。もう一度読んでくれたら大 成功だろうな、うん。願わくば成功以上であること祈りつつ……… 去っていきます。では。 2000年7月16日 |
| 今日は、いつもうちに遊びに来てくださっているWMMさんより、せつなさあふれる物語を頂きました。 今回は一風変わった日記調の小説ですが、あえてヒロインの名は出さないようにされています。 名を出さずに彼女の個性を書き表すのは非情に難しいのですが、それでもとてもよく 心情が描写されていますね。 二人の微妙なすれ違いが胸に響きます。 私は、第一印象ではヒロインは夏穂かなと思いましたが、貴方は誰だと思われましたか? 最後になりましたがWMMさん、お疲れ様でした。 またいつでもせつない小説を聞かせてくださいね。 |
