センチメンタル・ストッパーIII
『 ひとりぼっちのリリーフ・エース 』
| 関東遠征から帰った翌日、僕らはホームに三位のチームを迎え撃った。この対戦カ ードは今のところ五分。先発の顔ぶれ次第では勝ち越しも3タテもありうる。これは 大事な試合だ。何しろその後、続けて首位のチームを同じくホームで三連戦が控えて いるのだから。 このホーム六連戦の結果次第では、一度消えた逆転優勝の可能性が復活するかも知 れない。 幸い今日は三点を先制。リードを保ったまま、ゲームは終盤である。 七回表、一死一塁。毎度の事ながら、ピンチの場面でるりかの出番がやってきた。 調子は悪くない。今日は特に変化球が良い。練習を軽めにしてマッサージを念入り にしたから、肘から疲労が抜けたのだろう。 「………」 ただ、ちょっと気になることがあった。 遠征先、神宮球場でのゲームの後、僕はるりかと喧嘩してしまったのだ。 ▼ 遠征中。試合後のミーティングのことだ。 「何で、あそこでストレートなんだ。」 僕とるりかは、チームメイト全員の前で立たされて、怒られていた。 「初球からストライクゾーンに投げるボールか、あれが!」 その夜、るりかはホームランを打たれた。そのボールがストレートだった。本当なら カーブかスライダーをと思ったのだが、これには珍しくるりかが首を振った。練習の時 から、今ひとつ曲がらなかったのだ。―――で、ストレートを投げたのだが、これが又、 珍しくど真ん中に入ってきて……… 次の瞬間、白球は乾いた打球音とともに、めでたく神宮の夜空に消えていった。 前の回に3点差を2点差に追い上げていただけに、これは堪えた。もうベンチに座っ ていても針の筵(むしろ)。監督と投手コーチの顔がまともに見られなかった。試合は そのまんまで終わってしまい、首位とのゲーム差はまた7・5ゲームと広がった。 まあ、シーズン130試合、こんな夜もある。多分来年も、もしかしたら再来年もあ るだろう。気持ちを切り替えて次の試合に挑まねばならない。いちいち気にしていたら、 プロ野球選手の神経なんて、みんな切れて無くなってしまう。 ただ、るりかの落ち込みようは酷かった。(今も陰気に黙りこんで、うつむいている。) 「どっちだ。真っ直ぐを投げようなんて言ったのは。」 コーチがドスのきいた声で聴いてくる。るりかの肩が「びくり」と震えた。横目で見 ると、顔から血の気が引いていて、唇が紫色になっている。今にも倒れそうだ。 「あの………」 「すんませんでした!」 るりかが何か言う前に、僕は手を挙げた。 「今日はストレートの方が良かったんで、つい。」 配球はキャッチャーの責任。コントロール・ミスの問題にしても、投げる前にタイム をかけて間をとれば大丈夫だったかも知れない。それに僕はキャンプの頃から怒られる のにはなれている。あんまり怒られ過ぎて、監督やコーチが次ぎにどんな小言を言うの か大体見当がつくくらいだ。るりかは呆気にとられた様な顔でこっちを見ているが、こ れも捕手の仕事。僕の分担だ。 「馬鹿野郎っ!」 その時、それまでコーチに任せて黙っていた監督がもの凄い声で怒鳴った。首から上 が、もげて飛んで行きそうな大声。この後「それが、プロのキャッチャーの言うことか っ!」と来る。 「それがプロのキャッチャーの言うことかっ!」 ほら、ね。思った通り。 「大体お前には、勝負に対する執念が足らんのや! 一球を軽んじて、一勝が獲れるか!」 こんな時、若手の捕手というのはチームの「怒られ役」だ。監督が言いたい事を言え ない時に、説教の「きっかけ」に使われたりする。 (そうでなければ、こんな格言みたいな文句、用意してるもんか。) チームは今、一敗も出来ない土壇場だ。監督はチーム全体に「喝」をいれたい。 僕はその為の「生け贄」と言うわけ。僕が(表面上は)殊勝な顔をして聞いていれば、 監督も怒鳴りやすい。 こんな事はみんな気付いている。(ああ、哀れみの視線が気持ちいい。)るりかだけが まだうつむいている。やれやれ。しょうがない。もう少し、気楽な世渡りができんかな。 こいつは………。 監督の怒声を右から左に聞き流しながら、僕は今夜、るりかをどこへ連れていくか考 えていた。飲み屋か、食事か、それともゲーセンとカラオケにしようか。ああ、明日は 映画か遊園地でも。渋谷でケビン・コスナーの『フィールド・オブ・ドリームス』をリ バイバルしてたはず。あ、でも今は逆効果かな………久しぶりの東京だし、明日は移動 日で、夜の新幹線に間に合えばいい。ここは一つ派手な気晴らしを………と、そんな事 を考えていたのだ。 ところが。 「………おい、るりか。まてよ。………って、あ、てめ、このお」 ミーティング・ルームを出るなり、るりかは僕の方を一度も見ずに早足で歩いていっ た。声を掛けても知らんぷり。エレベーターの所では目の前で扉を閉められた。もう、 完全に無視。 「い………一体、なんだ!」 もう怒った。あいつ、人が心配してかばってやったのに。 僕は必死に階段を登って追いかけた。そして、やっと彼女の部屋の前で捕まえた。 そこで、やっとるりかが振り返った。 「何を」 怒っているんだと、声をかけようとして僕は言葉を飲み込んだ。 僕はその時はじめて、真正面から彼女の顔を見たのだ。 「なんで………」 るりかは泣いていた。大きな目にいっぱい涙を湛えて、それでも流れ落ちる事だけは 堪えようと、必死に歯を食いしばっている………そんな顔で。 「なんで、あなたがそんなことを言うのよっ!」 「………え。」 その言葉の意味を聞き返す前に、彼女は扉を閉めた。それきりどんなに呼んでも答え は無かった。 なんだ? それは? どうゆう事だ? 僕が何をしたと言うんだ? 僕は自問自答した。 るりかは、一体、何を怒っているんだ? 僕は、もう、ドアをノックすることさえ出来ず、そのままの姿勢で呆然とドアの前 に立ちつくしていた。 あんな………あんなるりかの表情を見たのは、初めてだった。 ▼ そんなわけで、僕はどうにもゲームに集中できないでいた。 「………」 プロとは無情なもので、こんな時にも出番は回ってくる。 あれ以来、るりかとは一度も口を利いていない。言葉の意味も涙の理由(わけ)も わからない。 『なんで、あなたがそんなことをいうのよ!』 僕が、言っては、いけないこと? 何を? リードの件か? あんな事は……… いやいや、やはり僕から謝ろう。とりあえず女の子を泣かせるのは良くない。 女の子が泣いたら、無条件に男が悪い。るりかが泣いたら、僕が悪い。 ただ、問題はどう切り出すか……… なにしろ、何故、怒っているのかがさっぱり解らないのだ。 「おっと」 呆けている場合ではない。キャッチャー・フライだ。僕はマスクを跳ね上げてフライ を追った。ついでにヘルメットまで取れてしまった。(着け方が悪かったらしい。)届 くかどうか、微妙。だが、るりかの様な技巧派投手は一つのアウトにも沢山、神経も、 球数も使う。一つのフライも貴重なのだ。アウト・カウントはまだ一つ。何としても獲 ってやらねば……… よし! もう一歩 ……… 届いた! ざまあみろ ……… 「あぶない!」 僕の背後、マウンドの方で声がした。 気付いた時には、目の前にでっかい広告入りのボード。 しまった………と、思った瞬間には、僕はまともに激突していた。 受け身もなにもなく、それこそ為す術もなく転がりながら、僕は必死にミットの中の ボールを掴んだ。………ある。落としていない。それを確信して、そして……… そして、その後、意識を無くした。 ▼ ………と、情けない次第ではあるけれど。 このような事情で、『僕』はこの物語の『語り部』を続けられなくなった。 そこで、『代役』を立てたいと思う。身勝手な話だが、多分これを読んでくれている 皆さんにも満足していただける代役だと思う。 大丈夫。何しろ、彼女は『リリーフ』の専門家だから。 ▼ 「あぶない!」 マウンドの上で、わたしは叫んだ。でも ……… 間に合わない! 次の瞬間、その選手は………わたしの『相棒』は堅い人工芝の上に叩き付けられてい た。そのまま二度三度と跳ね上がるように転がる。気がついたら、わたしはマウンドを 駆け下りていた。そのまま夢中で駆け寄る。彼はボールを落としていなかった。主審が アウトのコールをする。だけど、そんなことはどうでも良かった。 ベンチからも人が飛び出してくる。真っ先にトレーナーの馬内先生が来てくれた。そ の後ろにコーチと監督、控えの選手の人。グランドの選手は、その時にはもうわたしの 後ろまで来ていた。 駆け寄ってみてぞっとする。彼は、ヘルメットを着けていなかった。 わたしは彼の傍らに膝をついた。彼はこめかみの辺りから血を流してぐったりしてい た。 何度も名前を呼ぶ。――― 反応がない! 嫌だ。こんなの嫌だ。 頭の中が真っ白になった。 二年前………あの『報せ』を受け取って以来、わたしは何度もこんな夢を見てきた。 あの時、わたしはその『現場』にはいなかった。でも、その瞬間の様子を繰り返し、 夢の中で見てきた。………苛まれてきた。 二年間、ずっと。 わたしは彼の体にすがりついた。それは力無く緩んでいて、何も答えてくれなかった。 誰かがわたしを彼から引き離そうとした。わたしはそれが嫌で抵抗した。両手を振り 回して暴れた。 もう嫌だ。一人になるのは絶対、嫌だ。 その時、 「ぱんっ」 と大きな音がした。それで、わたしは我に返った。 目の前に監督が立っていた。左の頬が熱くなり、それで殴られた事に気がついた。 「交代だ。るりか。」 監督はわたしの目を見て言った。 「お前もベンチに帰れ。」 わたしは足を引きずるようにして、ベンチに向かう。途中、彼を乗せた担架がわたし の横を通り過ぎる。思わず追いかけようとして、今度こそ馬内先生に引き留められた。 試合中に………わたし………わたし、何をやってるんだろう。 こんなの、最低だ。彼が目を覚ました時、この事を聞いたら何と言うだろう。 なんて説明したら良いのだろう。 結局、わたしは試合の後、今日の事を彼に説明できなかった。 彼はそのまま病院に運ばれていった。 その後、2時間経っても、3時間過ぎても、朝になっても目を覚まさなかったのだ。 ▼ その夜10時過ぎ、病院に彼の家族が着いたので、わたしは病室を出た。でも、ど うしても帰る気になれず、待合室の長椅子に腰掛けていた。 診察結果は、教えて貰った。 外傷も大したことはない。脳波にも以上はない。場所が場所だけに用心はするが、 おそらく命に関わる様なことはない。自然に目を覚ますのを待った方がよいので、様 子を見る。 「………」 一昨日。 わたしは彼と気まずい喧嘩をした。 彼がミーティングでわたしのミスを庇ったのだ。わたしは驚き狼狽えて、その場 で何も言えなかった。………あの時と同じに。 わたしは変われない自分に腹を立てた。そしてあろう事か、心配して部屋にまで 来てくれた彼に、その怒りをぶつけてしまった。八つ当たりだ。彼がそんな事を知 っているはずもないのに。 わたしはドアの前から彼の気配が消えるまで、ベットで体を丸め、耳をふさいで いた。 後悔と自己嫌悪。気分が重かった。 わたしはサイドテーブルの上に飾っていた『お守り』のボールを、枕元に引き寄 せた。 わたしの誕生日に彼が贈ってくれたホームラン・ボール。 大事な試合の前でも、何故だか、こうしているとぐっすりと眠れた。 ………でも。 目を閉じる寸前、そのボールが、全く唐突に、『あの人』の顔と重なった。 恐ろしい想像が脳裏をよぎった。 まさか、『彼』にも、同じ事が起こったら? 『あの人』と同じ事が! わたしは突然言いようのない不安に駆られた。 そして、ベットから飛び起き、ドアを開けた。 彼は、当然もう、そこには居なかった。部屋にも行ってみたけど、どこかへ出かけ た後だった。移動日も、結局あえずじまい。そんなわけあるはずがない。そう常識で 分かっていても、得体の知れない不安は募るばかりだった。こんな時に限って小さな 行き違いが重なった。そして今日も………。 ………違う!そうじゃない。全部言い訳だ。チャンスは在った。彼はわたしを探し ていてくれた。わたしが、彼を避けて、逃げ回っていたんだ。 わたしは恐かったのだ。………もう一度「同じ事」が起こりそうな気がして。 何もかも心の中を話して、何もかも相談して、何もかも託して……… そんなことをしたら、また、全部、終わってしまいそうで、恐かったんだ………。 朝から、ずっと謝ろうと思っていた。 謝って、何故あんな事を言ってしまったのか、それを聞いて貰おうと思っていた。 最初から説明したらきっと彼は真面目に聞いてくれる。 けっして、昔の事を根ほり葉ほり聞く人じゃないけど、わたしが聞いて欲しい事が あると、彼はまじめな顔して何時間でもつき合ってくれた・・・なのに。 なのに………わたしは、その一言が言い出せなかった。 でも、そうしている内にゲームが始まり、………そして、あんな事が起こった。 ………起こってしまった。 わたしはもう何も考えられなかった。ぼんやり、天井の蛍光灯を見上げていた。 これは、きっと『罰』だ。 あの事故を、『あの人』の事を忘れようとして、楽しくて新しい世界に溺れていた わたしへの『罰』なんだ。 ……… そのまま、何分ぐらいそうしていたろう。(もしかしたら何時間も) わたしは名前を呼ばれて顔を上げた。 そこに、東京にいるはずの昌宏が立っていた。 ▼ 「ま………」 それきり言葉が出ない。わたしは目を疑った。 信じられなかった。でも、幻でも夢でもない。ジーンズにしわだらけのシャツ。 いかにもあり合わせをかき集めて着てきたような格好をしている。 「昌宏………」 「車、買ったんだわ。」と昌宏は肩をすくめた。「高速使えば、名古屋―東京なんて」 あきれたような顔をしている。たぶん、わたしがユニフォームのままだから………。 「ひどい顔、しとるな。」 うるさい。と、わたしは小さく呟いて顔を背ける。 (でも、わたしは、泣き出したいくらいにほっとしてた。昌宏が来てくれて。) 寮に何度電話してもいないし、携帯もつながらない。携帯がつながらないという事 は多分病院だろう………と、そう考えたのだという。 昌宏は「ほら」と、紙袋を突き着ける様に差し出した。 「着替え、入っとるから………」 わたしは「ありがと」と小さく礼を言って受け取った。 昌宏自身はやっぱり東京にいて、テレビで試合を見ていたのだという。それで、東 京から車とばしてとりあえず家に帰り、両親に『落ち着け』と言ってくれたという。 「みんな心配してる。」 昌宏は、ぼそぼそといった。 「あんなるりかをみたの、久しぶりだって。」 「………」 自分の錯乱ぶりを思い出して、気分が滅入った。そっか。見られてたのか。しばら く家には帰れない。どこの世界に試合中に錯乱して暴れて泣き出すプロ野球選手がい るだろう。 悪くすると、金輪際、もう使ってもらえないかも知れない。 昌宏はしばらくその場に立ったまま、黙ってわたしを見下ろしていた。わたしが、 それに気付いて顔を上げると、 「それと、これ」 昌宏は着替えの紙袋とは別の、紙袋を差し出した。 「病院の入口で馬内先生から預かった。」 わたしは、紙袋を覗き込んだ。厚手のノートが5冊ばかり無造作に放り込まれてい る。 「キャッチャーの人のだって。」 「え………」 慌てて確かめる。表題の下に確かに名前がある。………いや、しかし、これは本来、 家族の人の所へ持って行くべき物では……… 「うん。俺もそう言うたんだけど。先生が『多分あいつは、るりかに預かって貰いた がっているだろうから』って。」 わたしは静かにノートを取り出して膝の上に載せた。そして(多少の抵抗を抑えて) ページに指をかけた。 昌宏はわたしの隣りに腰掛けると、こくり、と一つ頷いてくれた。 それは、B罫の細かい罫線が入ったノートだった。その細かい罫線に、もっと細か い文字でビッシリと文字が書かれている。 日付、場所、時間、練習時間、投球数(練習・試合内訳)、対戦相手、打者、球種、 そして、配球……… 「これ、わたしの………」 それはわたしの詳細な投球データだった。データの余白には、様々なかき込みがあ る。 『ピッチングは配球とタイミング。そして駆け引き。』 『バッターはピッチングの鏡。バッターを見ればどうすべきかわかる。』 『キャッチャーの仕事は、投手から迷いを取り去ること。』 『データは必ず篩にかけて、必要なものだけ残す。』 といった心得の様なものから。 『今日のるりかはストレートがいい。見た目はほとんど150キロ(ホントは130キロ)』 とか。 『今日のシンカーは魔球。山田さんも真っ青。』 『出来は最低最悪。気合いだけ(でも、これは監督の現役時代クラス。)しょうがない から好きにやらせる。』 『るりかボール不可! だめだ投げるな!』 なんて、一行コメントまで書き留めてある。 「こんなノートを………一体いつから。」 おそらく初登板の時から……… 「………ううん。ちがう。」 オープン戦? それともキャンプ?………いや。 一番古いノートの第一ページには、あの時の大学のグラウンドでの、あの試合の記録 があった。後で思い出して書いたのだろうけど、一球一打、完全に記録してある。 とんでもない記憶力だ。 「………」 無意識の内に、わたしはスコアを指でたどっていた。 わたしが最初にストッパーをやった試合。わたしが、初めて彼とバッテリーを組んだ 時の記録・・・。 ここにも、かき込みがあった。 『あいつは天才だ。こんなやつと二年間でいい、もしもプロでバッテリーを組めるなら、 僕は残りの人生はいらない。全部賭けても惜しくはない。』 「残りの、人生は、いらない………」 文字を辿る指先が震えた。キャッチャー・フライを追い、壁に向かって走る彼の姿が その言葉にかさなった。 あんまりだ。そんな事、今まで、一言だって言わなかったのに。 すかした顔で、人の事、「たーけ」「たーけ」って………。 『たーけ。頭を使えよ。………正直に投げるばかりが能じゃないだろが。』 ノートの行間から、彼の声が聞こえた。 『こらこらこら。ホームラン打たれたくらいで落ち込むなよ、ド新人。給料の差を思え ば妥当な結果だろ。』 堪えきれず、ノートの上に涙が落ちる。 『大丈夫。何とかしてやるよ。………情けない顔すんな。しっかりしろ。るりか。』 だめだ、もう、止められない。 昌宏が優しくわたしの肩を抱いてくれた。わたしは昌宏の肩を借りて泣いた。 そのまま、声を殺して泣き続けた。 ▼ 六連戦の第二戦。1点リードの9回裏。 わたしの出番はなかった。当然だ。あんな後だし、今日は『彼』もいない。 昨日の試合はあの後、味方の打線が大爆発して快勝していた。実はウチのチーム には昔から、伝統的にそういう所がある。誰か退場する、あるいはプレイ中怪我をす る等すると、途端にチームに「喝」が入る。「手負い」の情況になると強さを発揮する という特色があるのだ。 この日もギャンブルの様なツーラン・スクイズが成功。勝ち越しの1点の文字通り 「もぎ取って」いた。だが………誰もが「これで勝てそうだ」と思った時、その「事 故」は起こった。 最終回、マウンドに上がったリリーフ・エースが、1アウトを取ったところでピッチ ャー返しの直撃を受けたのだ。幸い大事にこそ至らなかったが、今日は投げられない。 とはいえ、投手は右も左も使い果たしてしまっている。 コーチがわたしの名前を呼んだ。 意外ではあったが、わたしは別に慌てなかった。 試合の流れから言えば、起こりうる事態だ。 わたしは顔を上げると、膝の上のノートを閉じて鞄の中にしまい、ブルペンを出た。 マウンドで、監督とチームの正捕手の中村さんが待っていた。 「行けるか?」と問われて、小さく頷く。その後で、わたしは自分の考えを説明した。 監督と中村さんはしばらく、顔見合わせていたが最後に頷いてくれた。 「………」 プレイが再開されるまでのわずかな時間、わたしは目を閉じて待った。何も考えず に、頭を真っ新にしようと思った。………よし。もう何も聞こえない。歓声も今は遠 くのさざ波の様だ。 プレイが再開された。 わたしは目を開いて、セット・ポジションを取った。一塁ランナーのリードは小さ い。今季どころか、二年前から一度も盗塁したことのない選手、牽制球の必要はない。 バッターは典型的なプル・ヒッター。ツボに填ればスタンドにも届くパワーがある。 第一球目、インコースへチェンジ・アップ。バッター強振。打球はピンポン玉の様 にフェンスを直撃した。ただしファウル。 第二球目、一球目よりやや外、ストライク・ゾーンへ同じ様なボール。バッターは またしても強振したが、今度はボールの上を叩いたようで、あたり損ねのボールが三 塁手の真っ正面に転がる。 サードがボールを掴んでセカンドへ送球、セカンドはベースを踏んでファーストへ ………。 5―4―3のダブル・プレー。 たった二球のリリーフ。 これで、試合は終わった。 ▼ わたしは寮に帰るととりあえずシャワーを浴びた。洗い髪を手早く乾かして、部屋 着に着替えると、机に座って彼の「ノート」を広げる。 そこには今日対戦したバッターのデータが書いてある。彼のノートにはわたしの投 球データだけでなく、対戦相手の各バッターの特徴が細かく記録されている。さらに 「配球」と「駆け引き」についても、多くのページが割かれていた。 『錯覚させること。同じコースに同じボールを投げる時は違うボールを投げているか の様に。違うボールを投げるときには同じボールを投げているかの様に。』 例えば、そんな文章があった。 今日の試合後。二球目のボールの球種を聞かれたわたしは、 「チェンジ・アップです。」 とコメントしたが、本当は「ナックル」だったのだ。 これはわたしの他は彼しか知らないことだけど。実はわたしは二種類のナックルを 投げる事が出来る。揺れの大きなナックルと揺れの小さなナックル。 前者がいわゆる「るりかボール」。わたしのウィニング・ショット。後者は球速も 球道も、チェンジ・アップと似た変化球だが、ちょっぴり「ゆれて落ちる」。だから、 同じようにバットを振っても三塁ゴロにしかならないのだ。 本当にチェンジ・アップと思いこんでくれれば、あのバッターには、また同じ配球 が使える。 せっかく、一球目をあんなに気持ちよく「打たせてあげた」のだ。そのくらいは騙 されて欲しい。 わたしは『ノート』を閉じた。そして、指先で名前の所をなぞってみた。 横幅の広い几帳面な字だ。肩幅の広い、彼の様な字。そう想うと、とても優しい字 に見えた………。 少し前、わたしのプロ入りを世話してくれたスカウトの人と再会する事があった。 そして、その時、わたしは初めて『彼』の事を聞く機会を得た。 彼の学校はわたしと同じ愛知県だった。野球部には入っていたがそんなに強い学校 でもなかった。ただ、スコアをつけるのは好きで高校やプロ野球のデータをこまめに 集める趣味があったという。 そんな彼のクラスに、ある時、杉下というピッチャーが転校してきた。彼は元は超 校高級の左腕で、高校一年生にしてすでにプロのスカウトに注目されるような逸材だ ったが、不運にも肩を痛めてやむなく野球を諦め、いわゆる名門校から彼の学校に 転校してきたのだ。 彼は杉下を口説いて再び野球を始めさせた。杉下は野球に関する最新の知識を持 っていたのでコーチ役になり、他の野球部員にそれを教えた。彼はそんな杉下を甲子 園に連れていってやりたいと考え、それは他の野球部員にも受け入れられた。彼は練 習方法を一変させた。 かくして最後の夏。誰も注目していなかった弱小野球部の快進撃が始まる。 全部で一五人しかいない部員全員が、ピッチングの練習をした。三回しか投げら れない杉下は変化球を覚えて、要所を締めるストッパーとなった。そして、彼は、 三年かけて集めたデータをただ一つの武器として、全部の投手をたった一人でリード した。まるで端布を繋いでパッチワークをするような継投策で、対戦相手を、名だた る強豪校すら翻弄してみせたのだ。 結局、彼の学校は強豪ひしめく愛知県大会でベスト4まで勝ち進んでしまった。 県大会準決勝第二試合。甲子園まであと二つと迫ったこの試合で、シード校を相手に 今大会初めて先発した杉下は、7回を2失点と好投したが8回に肩痛を再発。杉下が 投げられなくなった時に、彼の『夏』も終わった・・・ 大会後。杉下に注目していたあるプロのスカウトが学校を訪れた。そして、杉下自 身の紹介で、彼という捕手の存在が初めて知られる事となった。 前後三大会全試合のデータをすべて暗記し、きめの細かい観察で情報を逐次修正、 なおかつそれをプロ顔負け洞察力で分析。一試合平均12人。のべ60人の投手に対 して状況に応じたリードを行い、高校野球の次元を越えたデータ野球を展開した高校 生捕手………。 厚さ1センチのノート三冊に記録されたデータの質と量はプロのスカウトを瞠目せ しめるに十分だったという………。 あの、わたしがプロ入りをする事になるきっかけとなった運命の日。 わたしのピッチングを球団のスカウトが見たのは、確かに偶然だった。だが、スカ ウトがあの場所にいたのは、けして偶然などではない。 あの日………スカウトが注目していたのは、彼の方だったのだ。 わたしは今日、マウンドに立つ前に見ていたページをもう一度開いた。そこには 一番新しい記録がある。喧嘩をしてしまった日………。わたしがホームランを打たれ た試合の記録だ。 『………1年は365日、1シーズンは130試合。ホームランの一本や二本をいち いち気にしていられるか。………るりかは、全然、悪くない!! 』 おそらく、喧嘩の後。彼が部屋まできて、わたしに言おうとしてくれたこと。 わたしが扉を閉じて、遮ってしまった言葉。 「………だったら、キャッチャー・フライなんか獲りに行くな。この、たーけ………」 わたしはそう呟いて、開いたページにそっと頬を押し当てた。 ▼ 続く第三戦。わたしは九回裏、ノーアウト、ランナー無しで登板した。リリーフ・ エースはまだ本調子でないらしい。 相手はクラウチング・スタイルの元メジャー・リーガー。 点差は一点。中村さんは外角に落ちる球を要求してきた。が、わたしは首を振った。 反対にサインを出す。中村さんは一瞬びっくりしたようだが、にやりと笑い返して きた。 第一球は、ストレート。ただし、ストライクゾーンではなく思いっきり近め。ユ ニフォームをかすめるような胸元へ。 元大リーガーは大袈裟にのけぞって、避けた。 わたしが間髪入れず神妙な顔で帽子を取って丁寧に一礼したので、マウンドに向 かって来る様なことはなかった。中村さんも肩をぐるぐる回して「力を抜け」等と声 を掛けてくれる。 さすがは『ベテラン』。この人もタヌキだ。 次は予定通りに外角低めにシンカー。「元」は豪快に空振りをしてくれた。それで、 相手の目つきが変わった。最初のストレートが威嚇球(いかくきゅう)………驚かせ るためにワザと投げたボールだと気付いたようだ。 第三球。中村さんのサインはわたしの考えと同じだった。 ストライクゾーンぎりぎり低めのインコースに、ストライクからボールになるシン カー。メジャーリーガーは………やっぱり空振りした。 たぶん、この人って、基本的にいい人なんだろうなあ。目が迷っているもん。 バッターは少し立つ位置を変えた。この辺りの芸の細かさはさすがに抜け目がない。 でも、そんなことは計算の内。次のボールは立ち位置などは関係ない。 わたしは「ごめんね」と口の中で呟いて、4球目を投じた。どうみてもボールの高 めのストレート。バッターは絶対当たらないような無理矢理のアッパー・スイング。 当然、三度バットが空を斬る。 外人さんはとても怒っていた。中村さんは笑っている。 わたしはこの後、二人のバッターを三振に打ち取った。 チームは三連勝。わたしは三者連続三振で最終回を締めくくり、ストッパーとして 2つ目のセーブを上げた。 ベンチ裏に帰ったわたしは、みんなに内緒で『ノート』を開いた。 『心理戦その1 内と見せて外。外と見せて下。実は上。バッターの狙いを引きずり 回せ。』 うん。うん。わかってるよ。 『チームメイトの信頼を得ること。ちなみに中村さんは基本的に強気。攻めの気持ち は評価してくれる。組んだ時には、真っ向勝負で思いっきり行く。なお京都府出身で ノリが関西だから、ウケを狙うのも可。』 同じチームの人のことまで、このノートには書いてあった。わたしが、チームの中 で孤立しないための様々な心遣いが。 あのミーティングの時だって、彼には彼の考えがあったに違いない。わたしが勝 手な判断をしたと分かったら、それも自信のない弱気な理由でストレートを選んだと 監督が知ったら・・・あの監督の事だ、わたしはもう投げさせてもらえなかったかも 知れない。今なら、それが分かる。 わたしは、『ノート』を抱きしめた。 これがあれば………このノートさえあれば、何も恐くない。 無死満塁も、スクイズも、四〇本ホームランを打っている四番打者も、恐くない。 彼はいつもわたしの側にいてくれる。 「わたし、頑張るからね。」 わたしは応える。彼が、命がけで証明してくれた期待に応える。応えてみせる。 だから………だから 「えいっ! しっかりしろっ! るりかのたわけ!」 まだ泣けない。わたしはまだ彼に謝っていない。わたしは彼に何も伝えていない。 だから………泣かない。 ロッカー・ルームへの暗い廊下。バックを抱えて歩きながら、わたしは、歯を食い しばってこらえていた。 自分の心が砕けそうになるのを。 ▼ 試合後わたしは監督室に呼ばれた。部屋には監督の他に二人の投手コーチもいた。 「こいつは、正式発表までは、厳に伏せてもらいたいんだが」 コーチはそう前置きして、わたしに、怪我をしたリリーフ・エースがとうとう一軍 登録を抹消される事になったと告げた。 これは、大変な事だ。わたしは目を閉じた。 この直接対決の土壇場で、抑えの切り札を失うとは。 だけど。 この時、わたしには確かな予感があった。 うちのリリーフ・エースには膝に『古傷』があったのだ。打球が当たった場所が、 軸足でさえなければ、今シーズンいっぱいは十分活躍できたはずなのだ。 『シーズン終盤。チームに最大のピンチが訪れる。きっかけは、おそらくケガ。』 でも……… まさか!? まさか、こんな事まで………。 『チームのピンチは、るりかのチャンス! 大丈夫。るりかなら、きっとやれる。』 彼の『ノート』には、確かに、そう書いてあったのだ! 監督は腕を組んだままじっと黙りこくっていたが、やがて顔を上げた。そして、 何の前置きもせず、「るりか」と、わたしの名前を呼んだ。 「次の3連戦は、ストッパーで行ってくれ。」 わたしは、不思議なくらい平静に「はい」と応えた。 不安はなかった。わたしには、彼の『ノート』がある。 わたしは、今この瞬間も、彼とともにいる。 つづく 次回『センチメンタル・ストッパ−W(完結編) ― ただ一度(ひとたび)の奇蹟のために ― 』 |
あとがき
| 長老です。というわけで。 主人公を意識不明にしてしまいました。 タイトル通りにるりかを「ひとりぼっち」にしてしまいました。 もう、わたしには、インチャネを攻撃する資格がありません(笑) 通称「るりスト」も3本目。そろそろ、るりか本人に「せつなく」なってもらおう ………と、こんな展開にしてみましたが、どんなもんでしょうか? 起承転結なら「転」の章。ちょっと派手目のお話になりました。 るりかの口から、『彼』の生死や『語り部君』の過去が(ちょっと)明らかになりま す。なにげに昌宏兄ちゃんも登場して(彼には最後に大切な役割があるのです)、よう やく、この物語もクライマックスにたどり着こうとしています。 とある野球解説者が 「4番とストッパーの称号は、監督とチームメイトから与えられる名誉である。」 と言っていました。 場合によっては勝敗の全てを一人で担うのだから、 「あいつでだめなら、しょうがないよ。信じるしかないよ。」 そういわれるようでなければ、ならない・・・と。 中盤から終盤へ。るりかは、どんどんパワー・アップしています。そうでなければ、 「ストッパー」は出来ません。ナゴヤでの最後の直接対決。彼女はある決意を秘めて ただ一人、マウンドに登ります。 ラストシーンだけは決まっています。 そこへたどり着けるかどうかは、わたしの根性次第。 もし、ちゃんと、続けられたら。完結させることが出来たら。 どうか、もう1話、おつきあい下さい。 ありがとうございました。 |
| 今日も長老さんより、センチメンタルストッパーの第三話を頂きました。 今日はるりかの思い出や、センチ2の核心部分にも触れられていますね。 いやはや、るりストIIIはこうきましたか。全く以って、私の予想は完全に外れてしまいました。 でも、いい方向に外れてよかったです。これは一本取られました。 それにしても、長老さんはセンチのエッセンスを物語に折込むのがとてもうまいですね。 感心することしきりです。 るりかの思い出や、センチ2の核心に触れるところも素敵でしたが、一番驚いたのは 長老さんの野球に関する智識です。よくもあんなに奥深いところまで書けるものだなと感心しました。 ベンチやマウントでの描写もさることながら、克明に描かれた「僕」のノート。 長老さんは、本当に野球が好きなんだなと感心しました。 本当に野球が好きでないと、あそこまで描ききることは出来ません。 私も野球は大好きですが、長老さんのように、細かいところまで考える好きとはちょっと違います。 私のはもう、打った打たれたに一喜一憂する、ごく普通のファンのそれです。 そうそう、随所に見られる、「名言」のようなそれもよかったですよ。 実は私、プロ野球中継の合間に流れる「二十世紀の名言」が大好きなんです。 ちょっとクサい面もありますが、鉄人の台詞など、泣かせるものが数多いです。 さて、この後、最終章ではどんな結末を迎えるのでしょうか。 楽しみに待っていましょう! |
