黎明


障子越しに朝の光が差し込んでくる。
外から小鳥の囀りが聞こえてくる。
いつもと変わらない朝の気配に少女は目を覚ました。だが、少女の心はうつろなままである。

ここは御所の一角にある、この少女だけの為に設えられた館の中。
少女は生まれたときから帝の正室となるべく育てられてきた。
外界から隔絶されたそこが少女の世界の全て、日常だった。
周囲の人間は少女に教育を施す者、少女を守護する者、少女の身の回りを世話する者のみ…。
だが、そんな少女を未来の皇后としてではなく、一人の女の子として接した唯一の人が彼女を守る若武者達の一人だった。

何ら飾ることなく接してくる若武者に、少女は初めて館の外の世界を教えられた。
いつしか少女はその若武者を愛していた。そんな少女を若武者もまた愛した。
そしてある日、二人は手を取り合って館を抜け出した。
だが逃亡はあっさりと発覚した。少女が最後に覚えているのは、大勢の武者に取り押さえられた若武者の姿。
そして、少女は館に連れ戻された。

幼い頃から少女の世話をしてきた侍女が朝食を運んできた。だが、食欲はない。
少女はあの若武者の消息を侍女に聞いてみた。
この度の顛末は若武者が少女を無理矢理連れ出したのだ、と聞かされていた侍女は躊躇うことなく口を開いた。
その言葉を聞いた瞬間、少女の意識は闇に沈んでいった。

夜の帳が館を包んでいた。少女の瞳からはとめどなく涙が溢れていた。
少女の愛した若武者はもういない。
日がな一日泣き続け、泣き疲れて眠り、目覚めてはいっそこれが悪い夢であったなら…と思いながら無残な現実に再び泣き暮らす…そうやって少女はもう三日三晩泣き続けていた。
自害も試みたが、護刀さえ取り上げられた今はそれも叶わないことであった。

幼い頃から見慣れた障子と襖に囲まれた部屋。その格子が今の少女には、まるで檻のように映る。
と、少女のうつろな瞳に灯明が留まった。
これを倒せば、館は程なく火に包まれるだろう。
少女はゆっくりと灯明に手を伸ばした。

『姫様…』

聞き慣れた声に、少女は手を止めた。まさか…。
振り返った少女の瞳に、愛する若武者の姿が映った。
少女の目にみるみるうれし涙が溢れてくる。少女はそのまま若武者の胸に飛び込んでいた。
だが、若武者の無事を喜ぶ少女に、若武者は悲しげに首を振った。そして、自分はもはやこの世の者でない事を告げた。
少女の喜びの涙は悲しみの涙に変わった。そして自分の為に若武者の命を落とさせてしまったことを詫びた。
最愛の若武者を永遠に失ってしまうことになるくらいなら、例え添い遂げられずとも、自分は籠の鳥のままでよかった。
少女は若武者の胸に顔を埋めたまま、自分の悲しみを切々と訴えながら泣き続けた。
若武者はそんな少女を包み込むようにただ抱きしめていた。

やがて少女が落ち着くと、若武者の心が少女の中に流れ込んできた。
それは恨みつらみなど微塵もなく、ただ生涯かけて護ると誓った少女をもはや護る事が叶わなくなってしまった無念の想い、自分の為に少女に悲しみの涙を流させてしまったことに対する贖罪の念だけであった。
少女はただ黙って若武者の腕に身を委ねていた。

少女はすぐに自分も若武者の下へ行く事を告げた。だが、若武者は首を横に振った。

『姫様、生きてください』

少女は激しくかぶりを振った。若武者のいない世界で生きていくなど少女には考えられなかった。
いつしか灯明は消え、黎明が始まっていた。その光にかき消されるように若武者の姿は薄くなっていった。

『もう、行かなくては…』

お待ちください、どうかわたくしも連れて行ってください…!
すがり付く少女に若武者は寂しげに首を横に振った。
お願いです、行かないでください、わたくしはまだ…!!
少女は若武者を繋ぎ留めようとするかのように両腕に力を込めた。が、先ほどまでしっかりと手にできた感触はもはや霞のようになっていた。
指の間から砂がこぼれるように、若武者の感触は少女の腕から滑り落ちていった。
空しく宙を掴んだ手でおずおずと自身を抱きしめるようにして、少女はその場に崩れ落ちた。もう何百回目とも知れない涙が少女の頬を濡らす。
その耳にかすかに、若武者の声が聞こえた気がした。

『…姫様…次ノ世デハ、必ズ…』





障子越しに朝の光が差し込んでくる。
外から小鳥の囀りが聞こえてくる。
いつもと変わらない朝の気配に少女は目を覚ました。だが、少女にとって今日は特別な日である。

カレンダーに目をやると、今日の日付に赤マークが入っている。先週、あの方から電話があって以降、少女は今日の日を一日千秋の思いで待ち望んでいた。
今年の春、何年振りかで再会したあの方。幼かったあの頃とまるで変わらない優しい瞳、全てを包み込むような笑顔。
あの方に今日、またお会いする。そう思っただけで少女の心は弾んだ。

何気なく鏡に目をやり、少女は思わず頬に手を当てた。
涙の跡…?
…そう言えば、何か悲しい夢を見たような気がするけれど…少女には夢の内容が思い出せなかった。
それより何より、少女の心は既にあの方の下へと飛んでいた。


終り






〜 梅小路久彦さんあとがき〜

センチに何人か居る「お嬢様」設定ヒロイン。
「これ、昔(近くても昭和初期以前)なら確実に悲恋に終わっている話だな」と思っ
て書いたのがこの作品です。
ヒロインの名前はあえて明記しませんでしたが…まあ、言うまでもないですね。
実はこの話は1作目を投稿した頃にはほぼ完成していました。
が、完成した後で(プレイしたことはないけど)センチ2みたいな話だな、と思って
長らく封印していたものです。
しかしこの度ネタが尽きたので、もとい、センチの象徴数とも言うべき12作目とな
るのを機に公開することにしました。
もっとも、ヒロインは12人も登場していませんが…あまり気にしないでください(笑)。




〜今日のお話〜

今日はまた、一風変わった物語ですね。
来世で会おうという考え方は、東洋に多いそうです。
江戸の元禄期には、悲恋恋物語が流行したそうですが、
私も、そういう話は好きです。

ラブロマンスにあこがれるのは、心が豊かな証拠です♪



(2002/11/11)




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