父帰る


授業を終えて家路につくと、校門のところで妹が待っていた。
「遅かったね、お兄ちゃん。行こ?」
今日は母さんに頼まれて学校帰りに買い物に行くことになっていた。
「何食べたい?」
言いながら妹が腕を絡めてきた。
「言ったって、父さんの好物にするんだろ?」
答えつつ、さり気なく妹の腕を外す。こんな所をクラスメートに見られると、また冷やかされるし。
が、頬を軽く膨らませつつ、外した腕をまた組んできた。やれやれだ。
「お兄ちゃんのリクエストも聞くわよ。どちらにしても今日はご馳走よ」
今日は久しぶりに父さんが帰ってくる日だ。
父さんがいると、母さんも妹も料理を張り切るんだよな。しばらくはご馳走が続くだろう。

「ただいま」
買い物を終えて帰り着くと、玄関のドアを開けて声をかけた。が、家の中はシンとしている。
それはそうだ。母さんは父さんの出迎えに空港に行っているんだから。
父さんに会うのは何ヶ月ぶりだろう? 小さい頃から家にいないのがごく普通のことになってしまった。

買い物袋を台所に置くと、夕食の準備を始めた妹を横目に階段を上がって自室に鞄を放り込んだ。
ふと、僕は思い立って父さんの仕事場兼書斎を覗いてみた。
僕や妹が小さい頃は悪戯されないようにドアには鍵が掛かっていたけど、最近は自由に入ることができる。
一年のほとんどは主のいない部屋だが、母さんが普段から掃除を怠らない上に、昨日は念入りに磨きをかけていたからチリひとつ落ちていない。
壁際にずらりと並んだ本棚は種々雑多な本で埋め尽くされている。
政治経済や地理歴史の小難しそうな本から旅行ガイドやら写真集、写真の撮り方や料理の仕方など、ほとんどは父さんが参考資料に使う本だ。
本棚の一割ほどを占めているのが父さんの著作だ。日本国内からユーラシア大陸、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、オーストラリアを含むオセアニア、そして南極に至るまで、父さんが自分で旅した場所、その地域別に綺麗に整理されている。
僕が生まれた頃には父さんが足を踏み入れた国の数は既に三桁に入っていたらしい。
友達はそんな凄い父さんがいて羨ましいなんて言うんだけど…まあ、息子の僕から見ても世界六大陸を制覇したってのは確かに凄いとは思う。
だけど、「ちょっと行ってくる」とか言い残して、地球の反対側まで行ってしまう父親というのもどうかと思うぞ。
それに今回、父さんが旅に出る時にたまたま遊びに来ていた友達が一言、
「今度は国内の取材旅行?」
…まあ、あの格好を見て南米に行くなんて普通は思わないよなぁ。

僕自身も小さい頃は父さんの取材旅行に時々連れて行って貰ったものだ。
旅先では父さんも一応僕に気を配っていたらしいけど、基本的に僕は向こうに着くと自由行動だった。
良く言えば放任主義、悪く言えばほったらかしだ。
父さんの仕事仲間の人に言わせると、異国に来ても構えることなく自由に歩き回るところはやはり僕も父さんの息子だということらしい。末は大物になること間違いなしだそうだけど…どうかなぁ?
でも確か小学校5年か6年の夏休みだったけど、アフリカ縦断旅行の時はさすがにお婆ちゃんの猛反対にあって、結局僕は連れて行って貰えなかったっけ…。

中学に入って以降は僕も部活があったりして、取材旅行に同行するようなことはなくなった。
中学の終わり頃、ほとんど家に帰らない父さんに何で文句を言わないのか、と母さんに聞いたことがあった。
けど母さんは、ああいう人だから、とか言って微笑むだけだ。
我が親ながら考えていることは今いちよく分からない。

僕は父さんの本棚で一番端にある「自著・日本国内」に区分けされた本の中から、一番古びた本を手に取った。
父さんの処女作にして出世作…。
たった4行しかない短い手紙から始まる、1人の少年と12人の少女達との一年に亘る心の交流を描いた物語…。
これは父さんの実体験を基にしているという。
父さんが小学校から中学にかけて日本中を何度も転校して回ったこと…。
その頃に母さんと知り合ったこと…。
そして高校3年の時に母さんと再会して遠距離恋愛をやったこと…。
少なくとも、ここまでは事実らしい。
だからってこんなに劇的な青春もそうないだろうから、相当脚色してあるだろうとは思うけど、と言ったら100%事実だという返事が返ってきた。
だとすると、父さんは母さんを含めた日本中の女の子に十二股かけてたってことになるんだけど…母さんはよく納得したな。

「納得なんてしてないわよ」

僕がある日、そんな疑問を口にした時の母さんの返事だ。
…にこやかな表情と穏やかな口調…いつもと同じ母さんだ、けど…その目を見た瞬間、背筋が凍りつくような気がして身震いをしてしまったのは、何故?
以来、この話題は母さんの前では出さないようにしている。あ、思い出しただけで冷や汗が…(滝汗)。

と、玄関の開く音がした。母さんの声とそれに応じる短い声、そして嬉しそうな妹の声が…。
父さんが帰って来たみたいだ。
僕は本を棚に戻すと、書斎を出て階段を下りて行った。



終り






〜 梅小路久彦さんあとがき〜

このお話を思いついたのは自分の親を見ていて、「この人達にも青春時代があったん
だよな。想像つかんけど」と思ったのがきっかけです。
大人になった主人公君ですが、どうしてもありきたりの職業に就くイメージが湧かな
いので、紀行作家なんてどうかな〜ぁ?と考えてみましたが、いかがでしょうか?
なお、作中の「僕」には登場した以外に11人の腹違いの妹がいます(…汗)
ウソです、本気にしないでください(苦笑)。




〜今日のお話〜

 作品を拝見しました。
妻が誰か明かされないのがとても面白いですね。
私も、「主人公の将来の職業は・・・」、、、と、私も考えてみたのですが、なかなか思いつかんですな。

どうせまた、さりげなく「夕日に映える君も素敵だよ」だのなんだの言って、
知らず知らずのうちに(こういうところが憎たらしいのですが)世界各地の女たちを惚れさせているに違いないです。(;^-^)


両親の青春時代については、私もたまに考えます。
「ああ、二人が恋してくれたから、俺がここに居るんだなァ・・・」と。
先日、爺ちゃんにも会ったのですが、やっぱり同じことを考えましたね。



(2004/09/05)




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