荷造りし終えると、私は改めて窓の近くにある柱に目をやった。そこにはペンなどで書かれたものから何かで彫ったものまで、この部屋に泊まっていった人達の名前がある。
相楽 めぐみ
ルシオ・ワイラー
上岡 良輔
加野 文恵
三銅 かなみ
佐伯 英之
小野寺 幸一
そして・・・・・・七瀬 優。
秋の終わりに出会ったあの少女は、今でも旅を続けているのだろうか?もし、そうなら今何処にいるのだろう?どんな風景を見ているのだろう?風邪など引いてないだろうか?そして―――私の事を憶えているだろうか?


秋という季節の終わりに



『空港の出発ロビーで、彼女と最後になる言葉を交わした。「この3日間は楽しかったよ。でもさ…」』
・・・・でもさ・・・。
・・・・・・・・・・でもさぁ・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 起きてから昼間までずっとパソコンの座り続けてひねり出した文章の先頭にカーソルを持っていき、"Del"と印字されたキーを4秒近く押すと、私は机に突っ伏した。
「―――マジでゴースト・ライターが欲しい」
 誰に言うとでもなく、うんざりしながら呟いた。机に突っ伏した姿勢で、私はパソコンの画面をじっと睨みつけ、文字…出来れば良さげな文章の一つか二つぐらい現れてくるよう念じた。が、何かが起こるはずもなく、画面では変わらずカーソルが点滅していた。
私は世間一般でいう作家の職業に就いている。4年程前、何となくで仕事の合間に書いていた作品が入賞したのをきっかけに幾つか作品を出し始め、今では10年以上勤めていた会社を辞めて、作家という道を歩いている。
巷では見たら一週間だったか、十日だったかで死ぬとかいう呪いのビデオといったホラー系が流行っているみたいだが、この間出来上がったヤツはそんなホラー・ブームに押され気味にもかかわらず、書店で結構な売れ行きを上げているらしい。が、その次の作品でちょっとした問題が起きている。最後の部分が納得の行く形で書けないのだ。別にスランプというわけではない……作品としては完成しており、いつでも出版社に出せるだが、最後のある箇所がピンボケしたような感じがし、書いたり消したりの繰り返しなのである。
私は姿勢を直したものの、作業を再開するわけでもなく灰皿に置かれたタバコの紫煙がゆっくり天井に昇っていくのを見ていた。…そろそろ昼だし、テレビでも見ながら昼食にしようかなと思いながらタバコを取ろうとした時、ドアフォンが鳴った。万事が執筆の邪魔をしているように思え、ヘシ折る勢いでタバコを灰皿で揉み消すと、私はインターフォンを取った。
「はい、どちらさん?」
「先生、ど〜も武田です。ケーキ持ってきたんですけど」
―――悪い状況から最悪へ。

「突然すいません。いや〜、滝先生と打ち合わせが早く終わった上に近くまで来たので――」
ドアを開けるなり、電車で7駅分という"近く"からやって来た担当者は言った。この武田というのは私が所属している出版社で働いており、私が作家となって以来の担当を持っている。差入れを持って来るなど、端から見れば勤勉ないい担当者のように見えるがそれは建前で、コイツの「○○お持ちしました」は編集長の機嫌が悪くなり始めているので、カミナリが落ちる前にどうにかして下さいとのメッセージなのである。以前、私のパソコンがウィルスに感染し、書き終えた作品が全て意味不明な文章にされた為に〆切を数日超えたことがあったのだが、その時彼は出来上がるまで週一のペースで草餅の"差入れ"を持って来た前科がある。
とりあえず彼を居間の方に通し、紅茶と"親切に"持ってきて戴いたケーキを出しながら進捗具合を報告した。
「ということは、先々週から詰まっていると言った所からまだ抜け出していないと?」
「えぇ、…まぁ」
少し考え事をし、何も書く事がなかったメモ帳を閉じると、彼はおもむろに切り出した。
「あの〜、先生…前にもお伝えしたと思うのですが、編集長が初校ゲラのでGOサイン出してもいいと――」
「その初校ゲラの展開だと半端な感じが残るみたいだって前にもお伝えしたと思うけど…要するにあっちがいいと思ってても、書いている方としては気に入らないの」
彼はそのままソファに沈み込んでしまい、どちらも何も言わない沈黙が続いた。単に空気の気まずさが嫌だったのか、それとも何かしら参考になる意見でも出るのかと思い、私はダメ元で彼に質問してみた。
「その…武田君、参考までに聞くけどあなただったら物語の最後で少年がどうしたと思う?」
「そうッスね〜、ラストの別れの場面ですよね。空港の出発ロビーで駆け寄ったヒロインの子が主人公の胸に飛び込んできてですね――」
「……武田君」
「っで、潤んだ瞳で主人公を見上げて『お願い、行かないで!』とか言うんですよ。っでも主人公は行かなければいけないからキ…」
熱が入って喋っていた彼は"あなたを天才と呼ばなければいけないのかね?"という私の冷めた視線に気付いた。
「何ですかその目は?この展開けっこうイケると思いますよ」
「あのね武田君、私の作風がどんなのかは知ってるでしょ?どーしてそんなベタベタな展開を思いつくわけ?それにそーいうのは夜やってるドラマで十分よ」
さらに沈黙。
「これの〆切って今度の火曜でしょ?あと2週間ぐらい何とか延ばせない?」
「先生それはさすがに…もう書店の方でも発売日の告知とかしてますし。ですので〜…」
「何よ…中川さんだって、原稿書き上げる前に出版社から前借りしてるって話しじゃん。〆切の1つや2つぐらい延ばしても罰は当たらないわよ」
「先生、今のは危険発言かと思います」
単に注目されていないだけであって出版業界も色々な"話題"があり、今し方言ったことも事実である。歴史フィクションのジャンルで人気の高い中川先生、実はかなりのブランド狂で、どうやって生活しているのかと思うほど収入のほとんどをそっちに回している。そして"使うかは後で考えるとして、とりあえず買っとく"というのをモットーにどんなに台所事情が厳しい時でも新モデルが出ると、新作を書き終える前に出版社から印税を前払してもらっているのである。普通ならば絶対に認められないはずなのだが、彼女の本は出ると何故か売れるので、出版社の方も特例的に認めている。
「でも、先生〜…中川先生と違ってもう出来ているんでしょ。そんなに根を詰めなくてもいいんじゃないッスか?」
「ご冗談を…人様に見せる作品の一番最後で手抜きしてどーすんのよ?」
手抜きは出来ない――響きはかっこよく聞こえるかもしれないが、これという構成が思いつかない今の私にとっては単に見苦しいだけだろう。本というのは書く人以外にも表紙のデザインを担当する方、本そのものを刷る印刷業者、発売日に向けての広告をする方など、思われている以上に色々な人の技術や助けがあって成り立っているのだ。つまるところ、最も中心となる私が担っている部分が出来上がっていないのだから、他の部分で待ってもらっているのだ。
さて、人間は切羽詰まった状況になると多角的に物事を捉えることが出来ず、考え方が極端になると一昨日見たドキュメンタリー番組でやっていた。ことにここ数日の行動範囲が家の中だけという私はまさにその状況下にあり、番組の司会者がにこやかに語っていた"気晴らし"が必要である。そして気晴らしといえば外の空気を吸うのが一番であると昔から相場は決まっている。
「ねぇ、先生…武田君にちょっとしたお願いがあるんだけど――」
自分でもこんな甘い声が出せるとは思わなかった。

というわけで現実逃避というか、ネタ探しの為というか、旅行に出てしまいました。最後まで抗議の声を上げていた彼にはこれでダメなら、OKの出た初校ゲラのでいいと無理矢理ねじ込んだ。
唐突に思いついた旅行だったものの、持って行く荷物が少ないのと時期的に新幹線の席やユースホステルに空きがあったのが幸いして、その日の夕方には現地に到着することができた。小説を書いていると言うとホテルや旅館を利用しているとのイメージがあるが、私がユースを選んだのは安いというのもそうだが、遊びほうけてた学生時代からの癖からだった。
「こんなに遅いんじゃ、さすがにネタ探しは明日からね・・・・・・」
そんなことを思いながら記帳を済ませ、管理人に言われた部屋へ入ると既に一人の少女が部屋にいた。夕日の逆光で顔がよく見えなかったが、高校生くらいだろうか…とりあえず、一緒の部屋となるので挨拶ぐらいはしておこうとしたが、私の口から出たのは挨拶ではなく
「そんな事していいの?」
という言葉だった。
"そんな事"とは窓の近くにある柱に何かを書き込んでいる事だった。部屋の広さからして本当は4人部屋だったみたいだが、どこかで設計ミスがあったのか、その柱の為に二段ベッドが一つしか置けなかったようだ。
「大丈夫ですよ、こっそり書いておけば」
フッと柱に息を吹きかけると、彼女はそう言いながら立ち上がった。これが初めて七瀬優に会った瞬間だった。
私の友人に"ドラマのような恋がしてみたい"などと言うのがいる。残念なことだが現実はその友人が望んでいるほど劇的ではないにしても、日常生活の中でもそれなりの出来事は多い。例えば、それが友人の結婚や離婚、あるいは近親者や学生時代の恩師の死を知らせる電話だったりと。だが、大抵の事柄は頭の隅である種の備えがあるというか、すぐに"あぁ、そうなのか"と心の整理を付けられる……しかし、夕刻のユース・ホステルの一室で出会った少女に対する備えは、その時の私にはまったく出来ていなかった。
 ユースに着いた時間が夕方だったということもあってか、すぐ夕食の時間となった。ホテルや旅館などとは違って、ユース・ホステルでは食堂のような場所で食事をする。相部屋の人達や、気の合った同世代の人達がグループを作っていく中、私は彼女と同じテーブルに座る事となり、話題も彼女のちょっとしたイタズラからとなった。
「あれですか?何人か書いてあったので、私もちょっとした思い出にいいかなって……」
彼女は紅茶を入れたグラスを掌で包みながら言った。
「なーるほど思い出に……ね。そーいえば私も昔、サークルとかの合宿で友達と同じようなことしてたな」
「今はもうしないんですか?」
「今はって……」
妙な事を言う…お世辞にも若いとは言えない私にそんな事を言うだろうか。突然の変わった問に私は答えるに窮してしまった。
「その、残念ながら仕事で来てるから…でも、七瀬さんみたいな一人旅だったらやってたかもね」
これを聞いて七瀬さんはクスッと微笑みながら「気ままな一人旅ですよ」と言った。
「気ままな…か、何か探してるって感じがするけどな」
魚の揚げ物をかじりながら言うと、彼女は少し驚いた顔をして聞き返して来た。
「どうして、そう思うんですか?」
「うん?まー、こう見えても本書いて生活してるから……作家の勘ってヤツ?そうそう、作家って締め切りが迫ると缶詰にされるって言われてるけど、あれって実は嘘でね、ホントは―――」
 色々な話をした。不思議な感じだった……初対面の人と話しているというよりも、まるで試験後のクラスで、テスト結果を冗談交じりに話し合っているような感じだった。
「―――じゃあ、七瀬さんはその幻の転校生クンに刺激されて色んなトコ旅してんだ。っで、その転校生クンとは今でも連絡とかを?」
「そう都合良くってワケにはいかないみたいで、あの日から行方知れずなんですけど、でも……信じてますから、また逢えるんじゃないかって」
逢えるのを信じている……か。何だか変わった考え方をする子なのかもしれないと思ったが、七瀬さんの表情を見ているうち、私は不思議と彼女が本気なんだなという気持になった。
 
 夕食後、一人で部屋に戻った私はノートに思い付いた事を書き出していたが、どの文章も書いてすぐに×印で消されていった。
「風呂も入らず頑張ったのに・・・・・・」
ため息を吐きながら腕時計を見ると、11時を少しばかり過ぎていた。3時間格闘していた×印だらけのノートを苛立たしげに足元に投げ捨てると、明日の散策で何かネタを掴めるだろうと思い、部屋の明かり消してさっさと寝ることにした。だが、頭の中は〆切や、いつまで満足の行かない作品の事ばかり浮かび、ベッドの上で落ち着き無く寝返りを打つばかりで、なかなか眠りにつくことが出来なかった。
何十回目かの寝返りをうった時、ドアがそっと開く音がした。そろそろ深夜近くだし、あの子も休みに来たのかと思ったが、その足音はベッドを通り過ぎ、窓の方へ向かって行った。あれ?と思っていると、カーテンが開けられる音がした。まさか……ドロボウ?などと思いながら恐る恐るベッドから顔を出すと、あの子がカーテンを開けた窓際に立っていた。
『「あ」』
目が合った私達は同じ言葉を口にした。七瀬さんは私が寝ていたと思ったのか、起こしてしまった事をすぐに謝った。
「起きてたから謝らなくても……って、どしたの?ジャケットなんか着込んで」
ジャケットだけではなかった、手にはスニーカーもあった。
「ここにくる時に見晴らしのいい場所があったので、そこから見たらいいかなって……少し出掛けて来ます」
「出掛けるって……消灯後の外出はダメなんじゃないの?」
 腕時計を見ると深夜の1時近くになっており、管理人の人達も明日に備えてもう寝ているはずである。
「大丈夫ですよ。こっそり行って帰ってくれば」
そう言うと彼女は窓のカギを開け、スニーカーを履き始めた。
マジで変わった子。……まぁ、勝手にどーぞと思い横になろうとしたが、一方でその変わった子が夜中に抜け出してまで見たいモノが何なのか私も見たくなった。
「七瀬さん……ちょい待った」
ベッドから出た私は窓から出ようとしていた彼女に声をかけた。引き止められるのかと思ったのか、振り返った彼女は少し困った表情を浮かべていた。
「あ、止めるんじゃなくて、靴を取ってくるから待ってなさいってこと」
「え?」
「だから…ほら、高校生が夜中に一人でほっつき歩いていると怪しまれるから、一緒に行くって言ってるのよ」

 夜という雰囲気のせいだろうか、あまり会話することもなく、私達は黙々と歩いていた。二人の足音と時々通り過ぎる街灯が発するブーンという音以外、夜の町はとても静かだった。白い吐息を吐きながら、電線によって幾重にも区分けされた夜空を仰ぎ見ると星が無機質な冷たい光を放っていた。夜風が落ち葉を伴って吹き抜け、私は更にきつくコートを身体にまきつけた。……やっぱ来なきゃよかったかも。
それからしばらくして彼女の言っていた見晴らしのいい場所、坂の中腹に位置する公園に到着した。土と枯葉の匂いが混ざった風が頬に冷たかったが、そこからの景色を目にした途端、寒さなど大して気にならなくなった。そこから見えたのは幹線道路を流れる無数の車のライト、ビルの間に見え隠れしながらも、表面の凹凸が微かに見分けられる三日月だった。欠けた月が放つ光の中に浮かび上がった光景は、まるでエドワード・ホッパーが描いた絵画の中に入ったような感じだった。
けっこういい眺めじゃんと思っていたが、程なくして呟くように彼女が言った事に私は混乱した。
「――フッ、やっぱり来てよかった。星たちが良く見える」
星たち?夜景を見に来たのではなかったのだろうか?
「良く見えるって…この夜景ならともかく、星を見るだけならユースからでも見れたんじゃない?」
夜空を見上げながらそう言った彼女の行為を測りかね、いぶかしげな一瞥を投げかけながら言ったが、彼女はフッと微笑むと、
「そうかもしれない……そうかもしれないけど、彼も同じ星空を見てるかなって思うと……やっぱり」
七瀬さんを――夜空を見上げながら、そう言った彼女を見ているうちに、私は奇妙な感覚を覚えているのに気付いた。久しく味わっていなかった感覚だ―――始めは、夜風に当たっていたので風邪を引き始めたのかもしれないと思った。熱が広がり始めたのかと。だが、すぐに私はその正体に気付いた。……興奮していたのだ。そう、ドラマでも映画でもなく、その時私は一人の少女に心をかき立てられていたのだ。
どうしてだろう……どうして彼女はこんな風に言えるのだろう?答えを求めて夜空を探した。凛然と輝く星々に初めて気が付いたのは、その時だった。それは息を呑むほどの光景だった。この瞬間まで星空に心を動かされたことは無かった。いつも目に入るモノだったし、彼女に追いて来たのも好奇心に駆られたからに過ぎなかったからだ。少しの間、心を空っぽにしてその壮大さを感じていた。何かを見て、それを率直に受け入れるのは、本当に久しぶりの事だった。
「あの……やっぱり帰りますか?」
しばらくして私が寒いのを我慢していると思ったのか、彼女が尋ねてきた。
「違うの…訊こうかどうかちょっと迷ってて。その……七瀬さんだったら夕食の時に話したあの物語で、少年は最後にどんな事を言ったと思う?」
彼女は目を閉じて少し考えた後、星空に視線を戻しながら何も言わなかったと思うと言った。
「何も?」
「それだけ彼女を大切に思っているなら、言葉でなくても気持がちゃんと伝わったと思いますから、きっと…」
気の利いた台詞でも歯が浮くような台詞でもなかった。でも束の間宙を漂ったその言葉は、胸の何処かを強く叩いた。まるで誰か、まだ知らない世界、辿り着いたことの無い世界の誰かが自分の名前を激しく呼んでいるそんな気さえした。
秋という季節が終わりを見せ始めていたその夜、私達は言葉を交わすことなく明け方近くまで星の軌道を眺め続けていた。

9時27分、他の宿泊客やユース・ホステルの人達に見つかることなく、こっそりとユースに戻った私達は朝食を済ませ、駅へと向かっていた。昨晩、彼女が家の方に定期連絡を入れたところ、学校から出席せよとの通達があったらしく、どうやら広島へ帰らなければいけないらしい。
9時45分、駅に着いてから程なくして広島行きの電車がホームに入ってきた。
「昨日来たばかりなのに、もう帰るんですか?」
私も数時間後に東京に帰ることを告げると、彼女は時刻表から顔を上げて言った。
「う〜ん…確かに本音じゃあ、もうちょいブラブラしたいってのもあるけど、頭に気持があるうちに書いておきたいから」
時刻表をポケットに入れ、七瀬さんはリュックサックを肩にかけながら、やっぱり作家って〆切とかで大変なんですね、と言った。
「……かもね。でも私が書いた物語を読む人がいて、その続きを楽しみにしていて、嫌な事は確かに〆切ぐらいだけど、やっぱ好きで仕方ないから」
その時、会話を遮るかのように発車を告げるアナウンスがホームに流れ始めた。
「それじゃあ、私はこれで……あ、本楽しみにしてます」
「あらら、こんなところで読者確保するとは…ありがと。でも、これで――」
"さようならってのは複雑ね"と乗車口に乗りかけた彼女に言おうとしたが、何だかその言葉はとても場違いな気がした。何でそう思ったのかは分からないが、たぶん…私も七瀬さんのように、また何処かで逢えるんじゃないかと感じたからだろう。
「七瀬さん――今ある人から言われた言葉を思い出したの。その人は強く願えと言ったわ、それが希望なんだって…。幻の転校生に逢いたいという願いを持ち続けてなさい……すぐじゃないかもしれない…でも必ず逢えるから」
幾つもの言葉を繋ぎ合わせて物語を作ることを仕事としているのに、自分の伝えたい気持がちゃんと言葉になったのか判らなかった。言葉となった気持が七瀬さんにちゃんと言えたのか不安になった。だが、振り返った彼女は私にフッと微笑んだ後、
「ありがとう」
と言った。

あの秋の日から長い時間が過ぎて行き、その間に変わったものもあるし、変わらなかったものもある。帰って来てから何だか作風が変わりましたね、と出版社や読者の方から言われたが、私は相変わらず物語を書き続けている。七瀬優……あの子はどうなのだろう?変わらず旅を続けているのだろうか……木々の葉群にポッカリと開いた空間、遥かな高みを流れる雲といった何でも無い事に目や耳を傾けながら。
そんな事を思いながら私は自分の名前が書き加えられた柱をもう一度振り返ると、部屋を後にした。










〜 海彦さんあとがき〜

ショート・ストーリーを書こうと考えたのは、広島に二度目の旅行をした際、前に来た時に書いた"旅の思い出帳"の走り書きを見て、「あ、これ俺の字だ〜」などと思ったのがきっかけでした。その走り書きを見てると、一度目の時に来た時のことが色々と思い出され、これは使えると…。
書いている上で一番苦労した点はやはり"優"でした。少し違った考えをするけど変じゃない、という彼女の雰囲気を出そうと、ジャーニーを何回も見たり、何度も書き直したり…。もう一点は主人公の作家さん。自分の中で「名前を出したら読む人のイメージが固定化されるかも」など考え(←今思うととってもバカ)、主人公の名前は入れない方針にしたのですが、行き詰まりの連続…。でも出来上がったのを見ると、そこそこいいかも…。
初めての投稿なので稚拙な部分があるかもしれませんが、感想などを送っていただければ幸いです。




〜今日のお話〜

 今日は素敵なお話をありがとうございました。
早速、読ませていただきましたが、なにやら、ふと、昔のことを思い出したときのような、
そんな懐かしい気分になりました。
きっと、私がこの作品の「私」と同じような年齢だからでしょうね。

 頂いた原稿を読んでいて思ったのですが、今回の話は、ちょっと大人向けの雑誌のエッセイのようだと思いました。



(2002/01/16)




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