ひと月遅れのハッピー・ウエディング
爽やかな風が足元の草をなびかせる。 木陰やったら肌寒さを感じるほどやけど、中天にかかる太陽からの日差しは結構きつい。 俺は眼前に広がる一見、田んぼみたいな養殖池を見回した。遠くに目をやると、小さな湖の辺で牛の群れが草を食んでいるのが見えた。 空を見上げると、ヤマセミが一羽ホバリングしとる。と、突然羽ばたきを止めてストン、と池へ落下した。次の瞬間、ヤマセミは小魚を咥えて飛び上がった。 ここは南部アフリカ。首都から400kmほど離れた片田舎に俺は居る。 大学を卒業して海外ボランティアで魚の養殖指導に携わって2年目、ようやっと生活にも慣れてきたような気がする。 日本はそろそろ梅雨が明ける頃やけど、南半球のこっちは段々寒さが和らいできたとこや。 日本人一般のイメージからすると、「アフリカ=暑い所」やろけど、ここは標高が高いから暑さは大したことない。もっと標高の高い所では霜が降りることもあるらしい。 去年の11月、雨季に入る寸前の頃は結構暑かったけど、それでも京都の夏と比べたらどうっちゅうことなかった。 あと1〜2ヶ月もすると、木々が紅葉して結構綺麗になる。 アフリカに紅葉があるなんちゅうのも、一般の日本人には理解の外やろね。あの風景を写真に撮って、アフリカに行って来たっちゅうても信じてもらえへんやろな。 それに竹やぶや松林があるのも驚きやった。 まあ、松は明らかに植林したもんやけど――いかにも「植えました!」っちゅう感じで整然と並んどる――竹はもともと自生しとるみたいや。 俺は日課にしている養殖場の見回りを終えて傍らに停めてあったバイクに跨った。 貸与されているのは排気量たった50ccやけど一応オフロードバイクやし、養殖場内を移動したり時々町まで行くにはこれで充分や。 町に出るときはヘルメットをかぶるけど、養殖場内の移動時は帽子だけでノーヘルや。 バイクは軽快な音を立ててデコボコ道を駆け抜け、小さな丘に挟まれた川沿いに広がる養殖場から事務所まで一気に駆け上がった。 事務所前ではワーカーが網を広げて修理しとった。今は養殖のシーズンとちゃうからこれくらいしかやることはない。修理箇所を点検すると、俺は事務所に入った。 帽子に指を突っ込んでくるくる回しながら歩いとると、ワーカーが一人俺について来て声をかけてきた。 何か嫌な予感がすると思ったら案の定、金を貸してくれときた。 「お前、こないだ給料貰ろたとこやろ?」 「イエス、サー」 「もう全部使こてしもたんか?」 「イエス、サー」 「次の給料までどうすんにゃ?」 「イエス、サー」 「…次の給料まで待てるな?」 「イエ……ノウ」 チッ…惜しい……。 俺はここへ金貸しやりに来とるんとちゃうんやけどな、と思いつつ、一応借用書にサインさせてポケットから少し金を貸したった。 事務所で報告書の資料をまとめていると、朝から町に出ていたトラックが戻って来た。 町へ買出しに行ったオバサン達に混じって、事務のオジサンがポストボックスから郵便物を持って来ていた。 今日は郵便物の中に俺宛のがあった。月に一度のお楽しみ、新聞ダイジェストや。 日本に居る頃、新聞はテレビ番組欄くらいしか読まへんかったけど、ここに居ると新聞ダイジェストは隅々まで読んでたりする。 あと、短波ラジオの日本語放送は欠かさず聴いている。こういう生活を続けていると、無性に日本語に飢えるもんやと俺は知った。 さて、今日は新聞ダイジェスト以外に俺宛の手紙があった。 京都の親からや。消印を見ると半月前。 ここの電話は通じひんし――電話機はあるけど通じたのを未だに見たことがない。何のためにあんにゃな(笑)――つくづくここは通信事情が悪いわ。 それはともかく、手紙の封を開けると最初に出てきたのは一枚の写真やった。 …結婚写真…。 誰が結婚したんや…? こういう写真を見るのは高校の時に従兄の結婚写真を見て以来やけど、最初に目が行くのはやっぱし花嫁さんの方やった、けど…。 …誰、や…? どっかで見たような…。 で、次に目が行くのは婿さんの方やけど、こっちはすぐ解った。 あいつやった。 小学6年の春に転校してきて、半年ほどでまた引っ越して行った奴や。 高校生の頃、あいつは東京に住んどったけど、ちょくちょく京都へ遊びに来とったな…。 …ちゅうことは…。 花嫁は、綾崎さん、やった。 綾崎さんは元々綺麗やったけど、花嫁衣裳に身を包んだ綾崎さんは俺が本気で見違えたくらいに綺麗やった。 周りに写っている人に目を向けると、綾崎さんのお祖父さんが嬉しそうな、それでいて泣き出しそうな複雑な顔をしてはる。 あの厳しいことで有名な祖父さんのこんな表情を俺は初めて見た。 綾崎さんの両親がその隣に写ってはった。 お父さんの方は何となく仏頂面に見える。お母さんの方は…まあ嬉しそうに見えるな。 そして写真の一番端には俺の親父が写っとった。 封筒の中には写真の他に、親父からの手紙が入っとった。 親父は綾崎の若旦那――綾崎さんのお父さん――の下で働いとるから、職場代表で披露宴に出席したらしい。 親父は職人衆の中でも一番の腕やっちゅうのは話半分くらいに思てたけど、こういう席に招かれるっちゅうことはまんざらでたらめでもないみたいやな。 あの綾崎家の結婚披露宴やからさぞかし盛大やったやろと思たけど、親父の手紙ではそうでもなかったらしい。まあ、あいつの家は俺と同じ一般庶民やしな。 それと、二人からの挨拶状が同封されていた。 そうか…とうとう…。 気が付くと俺は肺の中が空っぽになる程の深いため息をついとった。 今度、町に行ったら絵葉書を買って来よう、と俺は思った。 今すぐ葉書を出しても一ヶ月遅れくらいのお祝いになってまうけど…こればっかりはしゃあないな。と、 「ウ〜メチャ〜ン」 思わず脱力するようなイントネーションの声が無理矢理、俺を現実に引き戻した。 前任の日本人がつけたあだ名がすっかり定着してしもた。 「何やねん、まったく…」 俺は写真と手紙を手早く封筒にしまうと、帽子を頭に載せて事務所を出た。 外には乾季の雲ひとつない青空が広がっとった。 |
〜 梅小路久彦さんあとがき〜
| 「共通の友人から見た二人」若菜編第三部、これにて完結です…ってシリーズだったのか? ジューンブライドには時期外れですがその辺は突っ込まないでください。 しかし主人公君もヒロインも登場しなくて、これでセンチSSって言えるんでしょーか(笑) |
| 彼は友人にも恵まれてるんですね。 そのあたりの自覚が無いのが小憎らしいのですが。(笑) |
