| 路地の一角にあるバー「Tangerine sunset」 店内は、カウンター席が5つだけ。 静かに流れるクラシックは、マスターのお気に入りばかり。 そして、薄暗い照明とキャンドルの炎。 私は決まって右から2番目の椅子に腰掛け、キャンドルに灯る火を見つめながら、 お気に入りのカクテルを楽しむ。 そう、これが私のお気に入り。 初めてバーに連れて行ってもらったのは、父さんが私の20歳の誕生日に帰国した時 だった。 講義が終わったら、渋谷駅の改札にきてくれ。 私は講義を終わらせ、彼に「寄る所があるから先に帰っててよ」とキスと共に言う。 日も暮れ、渋谷に着いたのは7時を少し回ったところだった。 人込みの中に、ふっとした存在感を持つ中年の男性の姿がある。 父さんだった。 私はすっと横に並び一言だけ。 「久しぶりだね」 「すまん、急に呼びだててしまったな」 少し申し訳なさそうに言う父さんは、私が小さな頃から知っている優しい目をして言 う。 その後、私が父さんに連れられたのは、一軒のショットバーだった。 父さんはバランタインのロックを頼んだが、生憎お酒とは縁の無かった私は、 何を頼めばいいのか解らない。 そこで、父さんに任せることにした。 そうして出されたのは、ハンターと呼ばれるものだった。 「優の誕生日を祝って、乾杯」 グラスを軽く当て、おそるおそる口をつける。 「ふわっ・・・・・・結構強い・・・・・・」 一口つけただけで、かなり回ってくるのが解る。 しかし、なんとも言えない口当たりに、私は一気にカクテルの虜になった。 お互いにお酒が入り、いろんな話をした。 父さんは仕事で回ってきた海外の話。 私は今の彼との生活。 私の話を聞く父さんは、複雑そうな顔をして「優も成長したんだな……」と呟いたの を、 お酒のせいでまどろんでいる意識の中で聞いた。 結局、私はそのカクテルだけで、眠ってしまった。 それから、私は近所にあった一軒のバーをよく訪れるようになる。 それが、「Tangerine sunset」だった。 何度か行くうちに、マスターに気に入られ、お酒にあまり強くない私向けに、 オリジナルのカクテルを創ってくれるようになった。 ここのマスターは女性で、長い髪を一本の長い三つ編みで束ねている。 それに、白のワイシャツに黒いベスト、黒いズボンがとても似合う女性だった。 どこか暖かく、お母さんって感じがする。 今夜も、店内は私1人。 ゆっくりと、マスターから差し出されたオリジナルの「Vagrant people」を飲む。 やがて、カクテルを飲み干して、帰ろうと思ったとき、もう一人の客人が入ってき た。 「いらっしゃい」 マスターは柔らかく微笑んで、やってきた客人・・・私の彼を迎え入れる。 「遅いじゃないか」 「・・・・・・悪い、ちょっと準備に手間取った」 そう言って彼は、私の左横、真中の席に腰掛ける。 すると、マスターはタイミングよく私達の前にグラスを差し出す。 「まずは、これですね」 「ありがとう」 マスターから差し出されたのは、赤く澄んだ色をしたカクテル。 私は一度も見たこと無いものに、興味と不安が過ぎる。 「まずは、飲んでみてよ。そんな強くないからさ」 そういって、彼とグラスをあわせる。 「ん・・・・・・おいし・・・・・・」 「よかった」 どうやら、このカクテルは普通のカクテルとは違うらしい。 もっとも、私が飲んだカクテルなんて、両手で数えられる程度の数しかないけど、 その中でも、このカクテルは一番おいしいと思う。 「これ、何ていうんですか?」 と、私はマスターに聞いたのだけど、マスターはやさしく微笑み、彼に目を向けた。 「これは、『for you』っていうんだよ」 と、彼は言う。 そう言って、何故か紙ナプキンに綴りを書く。 『for yuu』 そうか、これは私のためのカクテルなんだ。 「フフッ・・・・・・きみらしいね」 「褒め言葉として、受け取っておくよ」 彼はお酒をよく飲むらしいが、彼が飲んでいる姿はあまりみたことない。 私が知っているのは、ここで二人で飲むときくらいだ。 そういえば、最近帰りが遅いなぁとか、珍しく家にお酒の空ビンがあったと思ってい たが、 このカクテルを創っていたんだと思うと、嬉しい気持ちで一杯になった。 「うふふ・・・・・・最高だよ、このプレゼント」 「ありがとう、気にいってもらって嬉しいよ」 あまりお酒に強くない私を気遣った彼の優しさと、 「もうひとつ、誕生日おめでとう」 彼から受け取った 「給料3ヶ月分、とはいかないんだけどね」 プラチナのリングに 涙が溢れた。 |
| とにかく感動しました。言葉もないです。 |
