〜 ある再会
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| 9月も中旬になるとようやっと残暑は緩み、京都の街にも秋の気配が漂い始めた。 その日は祭日で、俺は河原町で友達と待ち合わせをしとった。 俺の周りには同じように待ち合わせをしているらしい人が三々五々、所在なげにしとる。 買い物に来たらしいオバサン達、ガイドブックを抱えたいかにもっちゅう感じのOL風の観光客、もろ東京弁で しゃべっとる学生――見かけへん制服やし、修学旅行やな――俺の友達の中には『東京弁聞いてるとムカつく』て 言う奴も居るけど、まあ東京の人はもともとこういうしゃべり方するんやし、しゃあないわっていうのが俺の持論。 逆にこっちが東京に行ったら周りの人間にはこっちのしゃべりが変に聞こえるんやろしね。 それに観光で食ってるこの京都じゃある意味、宿命っちゅうもんやし。とは言うものの、東京弁をこう延々と聞かされ るとちょっと…。 そんなとりとめもないことを考えていると、傍にいた男と目が合った。 見たところ俺と同い年くらいか。こいつも一人で誰かと待ち合わせをしとるみたいなんやけど…あれっ、こいつ確かどっかで…。 そう思てたら、向こうから声をかけてきた。 「…もしかして、梅ちん…?」 うっ…懐かしいあだ名やな。って、思い出した。こいつは…。 「おお、久し振りやん。どうしてん、旅行か?」 こいつは俺の小学生時代の同級生や。て言うても6年生の春に転校してきて半年くらいでまた引っ越してしもたんやけど。 けど一緒の期間が短かった割に結構印象に残ってる。 「確か名古屋やったか。割かし近いし、来やすいわな」 そう言うたらこいつは、名古屋からも引っ越して今は東京に住んでいる、て言うて笑った。 こいつの話ではその後も四国やら九州やら転々として、高校に入ってようやく東京に落ち着いたらしい。 京都に転校してくる前は確か東北やら北海道にも居ったはずやから、ほとんど日本全国回っとることになるな。親の都合やから しゃあないけど。 京都の前は半年ほど大阪に居ったから、昔のこいつは割かし自然な関西弁しゃべっとったけど… 東京に行って2年半も経つとこいつも完全に東京弁になっとる。それもあんまり嫌味に感じひんのはこいつの美点やろね。 転校してきた時からそうやったけどこいつはいっつも自然体。まるで昔っから居ったみたいに自然に輪の中に溶け込んで来よる。 「で?今日は修学旅行なんか?」 「いや、ちょっと昔の友達に会いにね」 この京都でこいつの昔の友達て言うたら、小学生時代のクラスメートしか居いひんはずや。そう思てたら後ろから声がかかった。 「こんにちは」 まるで風鈴が鳴るみたいな涼しげな声。この声って…。 「綾崎さん…?」 振り向くと綾崎さんが立っていた。綾崎さんは俺の顔を見ると少し驚いたような顔をした。 あ、じゃあこいつの待ち合わせの相手って…。 「なんやお前、綾崎さんと付き合うとったんか」 俺がそう言うと綾崎さんは頬を赤く染めて俯いた。色白やから赤なるともろわかりやな。 「いや、付き合ってるっていうか、今年の春に偶然再会して…それ以来、時々会っているだけなんだけど」 「そやから、付き合うてんにゃろ」 俺がそう言うと綾崎さんはますます赤くなった。一方のこいつはっちゅうと頭を掻きながら明後日の方を見とる。 俺は綾崎さんの事は小っこい頃から知っとる。幼馴染み…?とはちょっとちゃうな、一緒に遊んだ事もないし。 親父が綾崎さんの所に勤めとって、職場へ遊びに行くと――すぐにつまみ出されたけど――時々顔を会わせてた、その程度の… まあ、知り合いや。どっちかっちゅうと小学生時代のクラスメートて言うた方がしっくりくるかな。 綾崎さんはすごくしっかりしてて、綺麗な女の子やからクラスの男子でも憧れとる奴は結構居った。けど、なんちゅうても「あの」綾崎家のお嬢さんやから近寄り難いっちゅうか親しく話す奴は居いひんかった。一言で言うたら住む世界が違うっちゅうんやろか。 学校への送り迎えは黒塗りのごっつい車やし、家には怖い爺さんが居はるからそのせいもあったかも知れへん。 けど、ある日こいつが言った一言は強烈やった。なんでクラスのみんなは綾崎さんを特別扱いするのか、って。別に仲間外れにしとるつもりはなかったけど、こいつに言われるまで綾崎さんがいつも一人で寂しそうにしてるのに俺は全然気付いてへんかった。それが解ったからって、結局俺には何もできひんかったんやけど…。 そんな綾崎さんと唯一人、親しくしたのがこいつやった。子供心にも何となくわかった綾崎家の持っとる目に見えへん壁みたいなもんをこいつは軽々と越えて行きよった。まあ転校生で綾崎家のことを何も知らんかったせいやろうけど… いや、そうやないな。いつも自然体のこいつやからあんなことができたんやろな。 こいつと親しくなって、綾崎さんはよう笑うようになった。それまでも笑顔くらい見せてたけど、こいつの前で見せる綾崎さんの笑顔はそれまでの笑顔とは全然違うてた。 …何て説明したらええかな、それまでの綾崎さんの笑顔は「礼儀作法として」見せる笑顔やった。それがこいつの前でだけ、綾崎さんはすごく自然な「女の子の」笑顔をしてたんや。 他のクラスメートやったら一発でクラス中の噂になって囃し立てられとるとこやけど、こいつ相手やったらともかく綾崎さん相手にそんなことする奴は一人も居いひんかった。 けどこいつはまたすぐに引っ越して行った。そうすると、綾崎さんはまた以前の寂しそうな表情に戻ってしもた。楽しそうにしてた時期があったからよけいにその寂しさは痛々しく見えた。俺はよっぽど声をかけようかと思たけど、…できひんかった。その時ほどこいつの性格が羨ましかったことはない。 小学校を卒業すると綾崎さんは私立の女子校に進んだ。いわゆるお嬢様学校ってやつやから、クラスメートで綾崎さんに会う機会がある奴はほとんど居いひんようになった。 そんな中でほとんど唯一、会う機会があったのが俺や。て言うても、親父の用事で綾崎家に行くと偶然、会うことがある程度やけど。 それに綾崎さんは箱入り娘やからめったに会えへんし、例え会えてもちょっと挨拶する程度やけど、それでも綾崎家に行く度に未だにドキドキしとる。 綾崎さんとこいつとで昔話に花を咲かせながら、俺はそんなことを考えとった。 綾崎さんがこいつに向ける笑顔は時々俺に見せる笑顔とは全く別物や。俺は小学生時代、こいつが転校してきた頃の綾崎さんの笑顔を思い出した。こいつだけが、綾崎さんのこの自然な笑顔を引き出せるんやな。 と、綾崎さんがこいつの服の袖を軽く引っ張った。 「ん、何?綾崎」 こいつが綾崎さんの方を向くと綾崎さんが遠慮がちに言った。 「あの、そろそろ…」 「うん、そうだね。…それじゃ」 そう言うと綾崎さんとこいつは連れ立って去って行った。 小学生時代、いつものように黒塗りの車に乗り込もうとした綾崎さんの手をこいつが強引に引いて駆け出したことがあった。偶然その場に居合わせた俺は、あまりのことに――て言うかあっけにとられて――声もなく二人の後ろ姿を見送っていた。今、去っていく二人の後ろ姿を見ながら俺はなんでか唐突にあの日の光景を思い出していた。 二人の姿が見えなくなると、俺は思わずため息をついた。胸の中を風が吹き抜けるような空虚感。俺はその時、なんとなくわかってしもた。 「…好きやったんかな、やっぱし」 そう呟いた後ろから聞き慣れた声が聞こえた。 「すまんすまん、ちょお遅れてしもたわ」 俺は努めて平静を装って振り返った。 「何がちょお、やねん。メチャメチャ遅いわ」 9月中旬、京都に爽やかな秋の風が吹いた祭日の午後やった。 |
梅小路久彦さんあとがき
| この度はつたないSSを掲載して頂き、ありがとうございました。 作品コンセプトは「共通の友人から見た二人」です。(ってすごく大層に見えますね) KAZ様はどうも京都在住のようですけど、実は私も京都市出身です。今は主人公君と同じ東京に住んでいますけどね。 作中の「俺」が使っている言葉は私が学生の頃に使っていたのを思い出しながら書きました。けど、もうウン年前 (年がバレるのであえて伏せます)のことですので、最近の学生が使う言葉とはちょっと違うかもしれません。 ちなみに作中で主人公君が「俺」に呼びかける「梅ちん」というのは、私の小学生時代のあだ名です(笑)。 |
| 梅小路久彦さんより、ちょっぴりせつない小説を頂きました。 街で久しぶりに見た初恋の女性が、知らない男と一緒に歩いていたのを見てしまったかのような、 そんなちょぴっとせつない昔の思い出を感じましたよ。 |
