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センチメンタル・ストッパーII

〜 たった一つのウイニング・ボール 〜





まえがき

こんにちは、長老です。まえがきです。何故かというと、今度のお話は長いのです。
読んで下さる方は、保存するなり、電話を一旦切るなりしてお読み下さいませ(笑)。
また、本作品はセンチメンタル・グラフティの二次作品であるにも関わらず、「野球」の専門用語が
頻発します。
出来るだけ平易にしたつもりですが、構成上限界があり詳しく説明することは出来ませんでした。
野球にあまり興味のない方にとっては、退屈な時間になるかも知れません。
長老の力不足です。申し訳有りません。
本作品はセンチメンタル・グラフティのヒロインの一人、「山本るりか」が、とあるプロ野球チームに
スカウトされて入団。「史上初女子プロ野球選手」という小学校の頃の夢を叶えたという設定で
書かれています。
以前こちらのコーナーに投稿させていただいた「センチメンタル・ストッパー」の続編ですので、そちらも
ご覧いただくと、多少わかりやすいかも知れません。(笑)
よろしければ、どうぞご覧下さい。願わくは、皆さまの御目が疲れません様に。





 8月22日。
 久しぶりのホームゲームだが、チームを取り巻く雰囲気はあまり良くない。
二位とはいえ、首位とのゲーム差は今季最大の8・5ゲーム。明日にもマジックが点灯
するかもしれないという、崖っぷちの三連戦。スタンドの応援もどことなくやけくそな
雰囲気が漂う・・・と、そんな試合。
一点差を追いかけて8回裏。1アウト、ランナー3塁という場面で、僕に打順が回って
きた。

 サインの確認のためにベンチを見ると、ネクスト・バッターズ・サークルのるりかの姿
が目に入った。今日は7回途中に四番手の投手として登板。7回表の登板直後、一死二塁
一塁のピンチを二連続三振で切り抜けている。球速、コントロール、球のキレ、いずれ文
句無しの絶好調である。ただ、さすがの「スーパー・ヒロイン」もピッチャー。バッティ
ングは不得手。今は一応、一人前にヘルメットを被ってバットを持っているが、常識的に
はここで代打と交代だろう。・・・今日が特別なわけではない。いつも事である。
 だからこそ・・・やはり、ここで決めなくていはいけない。
「・・・」
 僕は小さく息を吐いて首を振り、顔を上げた。
 すると、サークルの中で片膝をついているるりかと目が合った。彼女は「ぐい」と胸を
張り、にっこり笑って肩を回す。『楽に楽に』・・・いつも僕がマウンド上のるりかに向
かってやるゼスチャーだ。
「あのたわけ」
 思わず僕は笑い・・・それで肩が軽くなった。(不思議なものだ。)
 僕は、もう一度、息を吐いて、バッターボックスに入った。
 今日はなんとしても、ここで決めてやる。………もう一度、僕は心の中でつぶやいた。
 ここで決められないようなら、僕には、るりかの「相棒」をやる資格など無い。




 昨日。寮での事である。夕飯を済ませた僕は、食堂のおばちゃんの「命令」で、1メー
トル四方はあろうかという段ボール箱を抱えてるりかの部屋に行った。箱の中身は、ファ
ンからのプレゼント。これでも「氷山の一角」なのだ。半端な数ではない。
 中日ドラゴンズの山本るりかといえば、今や「時の人」である。なんと言っても日本プ
ロ野球史上初の女性プロ野球選手。成績にしても、ここまで0勝2敗と勝ち星こそ無かっ
たが、18試合に登板して防御率2.23。これは新人としては抜群によい数字である。
 元々、るりかに対する注目度はシーズン開幕前から高く、その頃から球団事務所宛にか
なりのファンレターやプレゼントが届いていた。その上、堂々一軍で大の男をきりきり舞
いさせる「大活躍中」とくれば、盛り上がらないわけがない。彼女へのプレゼントとファ
ンレターの嵐は、8月22日の誕生日を前に今がピークである。球団は急遽、専門回線を
引いてお祝い電話を受付けたり、インターネットのHPに臨時の掲示板を設けたりと対応
に追われているし、寮の玄関には郵便と宅急便の山ができている。
(………ちなみに一昨日は僕の誕生日だったのだが、一本の電話すらなかった。どうやら
家族にすら、忘れられているらしい。)
 なお、るりかの誕生日については、若手みんなで飯を食いに行くことになっていた。密
かにプレゼントを用意しているヤツもいるようで、どんなことになるか、今からちょっと
心配である。
 
 ドアをノックすると、「はーいっ! 開いてまーす。」と明るい返事。僕は部屋に入っ
て後ろから声をかけた。彼女は振り返り、そして・・・僕の持ってきた段ボールを見て
「ぽろり」とペンを落とした。そのまま頭を抱える。
「ああ、そんなああ〜。 どーしよー・・・」
 ねじりはちまきで机に向かっているところを見ると、ファンレターの返事を書いていた
らしい。気持ちは分かるが、根を詰めると肩にも腰にも悪い。(よく見ると目の下に「く
ま」まで、出来ている。)
「ワープロで打ってもらって、事務所から返事を出してもらえよ。『応援ありがとう。が
んばります。』とか。」
 僕はそう言ったのだが、
「やだっ! 全部見てないのに『ありがとう』なんて、うそつくことになるじゃない! 
ずええええったい、やだっ!」
と返事。意地っ張りめ。彼女は「すぐ書かないとプレゼントやファンレターの内容が分か
らなくなる」と、一つ開けては返事を書くという地道なやり方をしている。ま、るりから
しいと言えば言えるが、これでは、きりがない。
 まあ、もう、言ったところで聞かないのは分かっているのだ。
 るりかは妙に「手紙」というものに思い入れがあるらしく、どんな短い手紙もおろそか
にしない。自分宛の手紙には必ず目を通し、返事を書いている。それが、たとえ、差出人
不明の手紙であっても、である。当然返事は出せないが、書いた返事は机の中に大切にし
まっている。どんなわけがあるのか僕も知らない。よほどの事情があると見える。
「しょうがないなあ。」
 ため息をついて視線を落とすと、机の上に写真スタンドがあるのが見えた。
かわいらしいデザインで、枠の色は空色。(るりかの好きな色だ。)多少古びている。角
のすり減り具合から見て、二、三年ほど経っているだろうか。写真のあるべき所にはき
れいな湖のポストカードが入っている。
 僕は無意識に取り上げて裏を返してみた。
『Happy Birthday Rurika!  From ……… 』
と小さな文字で書き込まれている。日付は二年前の8月22日。送り主の場所はかすれて
読めない。でも、僕にはそれが誰なのか、分かるような気がした。
 るりかには妙な癖がある。彼女はプレイボールの直前、必ずスタンドを見回す。
 まるで、誰かを捜すかのように。
 とても、せつない表情(かお)で。
 僕は写真立てをそっと机の上に戻した。そして、そのまま、黙って部屋を出た。

 その日も、僕はいつも通り、午後10時ちょうどに屋内練習場に入った。日課の自主ト
レである。練習用のバットで、140キロセットのマシンに向かう。だけど今日に限って、
振っても振っても満足がいかなかった。もやもやは消えなかった。・・・結局、マメがつ
ぶれるまで、気が済むまで打って、球拾いを終えたら、午前2時だった。
 るりかは、僕より3日遅れて、二十歳になった。
「・・・」
 僕はその時、彼女の誕生日に何を送るか、決めた。



 
 ピッチャーの間合いが長い。まずいと思いながら、僕は心の焦りを静められない。
 静まれ静まれ静まれ・・・胸の奥で繰り返して急ぎがちの鼓動をなだめる。
ゲーム終盤の八回裏。一点差。一死三塁。バッターはここまで打率1割2分のド新人(僕
のことだ)。
 定石通りなら迷わずスクイズのケースだ。三塁ランナーがホームを踏めば同点だから、
相手チームのファーストとサードが、普段の1・5倍ぐらいの勢いでつっこんでくる。
 相手チームのピッチャーは若手でストレートが滅法早い。ゲーム終盤1点リードを任さ
れるくらいだから、コントロールもいい。(るりかには及ばないが。)キャッチャーの方
といえば、これは並の選手ではない。高卒でプロ入りしてすぐスタメン・マスクをかぶり、
以来10年間にわたって正捕手をやっている球界屈指の古強者(ふるつわもの)。勿論、
このバッテリーもスクイズを警戒した配球を組み立ててくるだろう。
 ベンチのサインは………二球目にスクイズ決行。
 僕は再度、情報を整理して反芻した。さらに、考えをまとめて心から迷いを消した。
 マウンド上、ピッチャーがセット・ポジションからノーワインド・モーションを起こす。
 第一球は……… 
 アウト・コース高め。球種はストレート。多分見逃せばボール。――― それを
 僕は、思いっきり踏み込んで、フルスイングした・・・



         
 試合は、終わった。
 球場には、まだ試合の余韻が熱っぽいざわめきとなって漂っている。
 観客は三々五々ゲートに向かい、グランドでは作業車両と職員が、明日のためにグラン
ド整備を始めている。スコア・ボードには今日の試合結果が明るく映し出されていた。
 連敗すればマジック点灯のがけっぷち三連戦。今日はとりあえず僕らが勝った。
 こちらの試合終了の5分後。他球場の試合も終わった。首位のチームが負けて、ゲーム
差は6・5に縮まった。どうやら、マジックは当分お預けになったらしい。
 ベンチの首脳陣は、胸をなでおろしている事だろう。
「放送席、放送席―――」 
 報道陣がお立ち台の周りに集まり、居残った応援団がフェンス際に集合。インタビュア
ーが明るい声で決まり文句を言って、今日の試合のヒーロー・インタビューが始まった。
「プロ入り初ホームランが決勝のツーラン・ホームラン! ホームランも打点も勝利打点
もすべて『初』と初物づくしの・・・」
 余計なお世話だ・・・等と、多少ひねた事を考えながら、僕はスタンドに向かって帽子
を振った。

 あの場面、戦術上の選択肢は、極論すればたった二つである。
 スクイズか、ヒッティングか。
 十中八九、スクイズと読んでいても、ヒッティングの可能性は「0」ではない。
 バッテリーとしては、この場面、一番欲しいのは三振。一番嫌なのはバントで同点にな
ること―――ではない、四球でランナーが貯まり、代打に打たれて逆転されることだ。
 そこで、打率1割2分のバッターが打つ気満々とくれば、三振を取りに行きたくなるの
が人情。だが、用心深いキャッチャーなら一球、様子を見ようと思うだろう。
 相手の本音を探るには、バッターが「狙っている」コースの近くに、一球投げてみれば
いい。これを「釣り球」という。ただし球種とコースの選択には細心の注意を払なければ
ならない。
 この場合はバッターは常識的にはライト方向に流し打ちを心がけるケースだから、コー
スはアウトコース遠目の普通に打ってもファールになるようなボール球がいい。相手投手
の決め球はMAX145キロのストレート・・・と、なれば。
 第一球目は、外角高めボール気味のコースへ、トップ・スピードのストレート。
 ・・・これしかない。
 実際、一年前のゲームで、相手チームのキャッチャーが今回のようなリードをした例が
あった。この時はバッターは「ぴくり」ともせず、バッテリーに「スクイズ」を見破られ
てしまった。僕はそれを逆用して、ストレートを「狙い打ち」にしたわけだ。
 僕は、めぼしいキャッチャーの配球データには一通り目を通しているし、目立つリード
や参考に出来そうなデータはすべて暗記していた。
(そのくらいやらなければ、るりかの相棒は勤まらない。)
 僕の「読み」は正解だった。
 ベテランほど筋の通ったリードをする。出場機会も多いから分析出来るデータも多い。
だから、かえって予測がついた。しかし、予測は出来ても、バットに当たるかどうかは分
からなかった。たしかに毎夜毎夜、嫌になる程バットを振っているが、すぐにその成果が
出る等と思えるほど、僕は楽天家ではない。プロはそんな甘いものではない。
「迷いのないフルスイングでした。狙っていたんですか?」
 インタビュアーにそう聞かれて、僕は笑って誤魔化した。
「いいえ。ボールの方が僕のバットに当たってくれました。」
 その通り、僕は、狙ってホームランを打てるようなバッターじゃない。ただ・・・この
打席だけは、こうするしかなかった。ホームランしか、無かったのだ。・・・僕の『プレ
ゼント』を渡すためには。
 インタビュアーが、芝居がかった身振りで、もう一人の選手をお立ち台に招きあげた。
「そして、もう一人、今夜のヒーロー、いいえ『ヒロイン』!!」
 僕は一歩左によけて、一人分のスペースを空け、手を取って『彼女』を引っ張り上げる。
「今日は歴史的な日です! ご紹介します。今夜、プロ入り初勝利、そして同時に、女性
プロ野球選手として日本野球史上初めての『勝利投手』となった、山本るりか投手です。」
 スタンドから、僕の時とは比べものにならない歓声が上がった。よく見れば相手チーム
の選手もベンチの前に立っていた。レフト側や三塁側のスタンドにもまだ人影がある。ぱ
らぱらとスタンド全体から、小さな花火のような拍手が起こった。
 静かで暖かな、祝福のスタンディング。オベーション。
 今夜、スタジアムが彼女を祝福している。
 そう。今日の勝利投手はるりかだった。彼女が投げていた8回にチームが逆転、そのま
ま僕たちが勝った。登板すること19回。やっと、るりかが「勝った」のだ。
あの展開なら、るりかは8回で交代。九回表は別のピッチャーが投げることになる。(実
際、今日も結局、抑えのエースが投げた。)その彼女を勝利投手にするためには、僕があ
の打席で、2点叩き出して逆転するしか・・・一か八かでホームランを狙うしか無かった
のだ。
 ライトのポール際に飛んでいく打球を見ながら、僕は切れるな、と絶叫した。そのまま
叫びながら、三塁直前まで全力疾走した。もしスタンドに届かなかったなら、僕はランニ
ング・ホームランしてでも、逆転のホームベースは自分で踏むつもりだった。
 結局、三塁まで行ってコーチに自分の打球がスタンドに届いた事を教えられた。
プロ入り初ホームラン・・・だが、そんなことはどうでも良かった。三塁から本塁への
短い道のりをゆっくり走りながら、僕は「これで9回表を抑えれば、るりかを勝ち投手に
できる。」と、そればかり考えていた。
 今日のこの日、るりかの誕生日こそ、彼女を勝利投手にしてみせる。
それが僕の誓い。バッテリーを組んできた捕手としての意地。そして誕生日に僕が贈る
べき「プレゼント」だったから・・・。
 初ホームランの余韻を楽しむ余裕もなくダイヤモンドを一周してきた僕に、一番初めに
駆け寄ってきたのは、やはり、るりかだった・・・。

 インタビュアーが底抜けに明るい声でしゃべり続けていた。
「初勝利の感想を聞かせて下さい。」
「はい。あの・・・うれしいです。」
 興奮でるりかの頬は桜色に染まっている。「自分は新米中継ぎだから目の前のピンチを
切り抜けるだけが精一杯、勝ち負けは気にしてなかった。」とか、「先発や前に投げてく
れた人が一生懸命抑えてくれたから、チームが勝てた。」とか、るりかは他の投手を気遣
って答えている。ただ、それでも、試合終了後に僕が手渡したウイニング・ボールだけは、
抱きしめるように胸に抱えていた。
 インタビューが彼女の誕生日に及ぶと、るりかは
「ファンの方に沢山の励ましを貰いました。それが力になっているんだと思います。」
と答えた。答え方も様になってきている。デビュー戦の頃は緊張のあまりどもっていたり
したけど、今は受け答えも堂々として「風格」さえ漂っている。
 インタビュアーが、るりかに最後の質問をした。
「今日のウイニング・ボールは、誰に渡しますか?」
「このボールをずっと待っていてくれた人がいるんです。」
 るりかはわずかにうつむいて目を閉じた。
「ずっと渡したいと思っていました。その人に今日の事………今日までの事を・・・お礼
を言いたいです。」
 彼女はそう答えた。それでヒーロー・インタビューは終わった。

るりかと並んでスタンドに手を振りながら、僕は彼女がウイニング・ボールを渡したい
と思っている相手の事を考えていた。
 いきなり頭の中に、空色の枠の写真立てが浮かんできた。その裏の消された名前も。
それは幾度頭を振っても、消えなかった。頭をハンマーか何かでぶん殴られたような気
がして、高揚した気持ちがみるみるうちに醒めていった。
 ざまはない。結局のところ、僕はとんだ「道化」を演じたのだ。




「・・・やっぱり、ここにいたんだ。」
屋内練習場。僕が一人で休憩用のベンチに腰掛けていると、一つしかないドアを開けて
るりかが入ってきた。・・・どうやら、見つかってしまったらしい。
夏らしいノースリーブのブラウスに、洗い晒しのデニムのロングスカート。こういう格
好の時のるりかは、ちゃんと年相応の女の子に見える。
(いや、けして普段が男らしい等と言うつもりはないが。)
 彼女は両手を後ろに組んでゆっくりこっちに歩いてきた。そしてそのまま、僕の隣りに
座った。視線を合わさずに聞いてくる。
「どうしたの? みんな、待ってるよ。」
 るりかの誕生日に加えて、初勝利(と、ついでに)僕の初ホームラン、初勝利打点。今
夜は飲み会だった。・・・だったのではあるが。
「やっぱり・・・叱られたんだね。」
「・・・知っとったんか。」
 るりかは目を伏せると、小さく頷いた。
試合後、僕は監督室に呼び出しを食らった。ベンチのスクイズのサインを無視した件だ
った。
 野球は「組織」のスポーツだ。命令無視の結果オーライではやっていられない。少なく
とも僕の行為は入団1年目のド新人がやっていい事ではなかった。今日はマスコミやファ
ンの手前があるから、時間を置いて何らかの形でペナルティを・・・と、そう言う事にな
った。
 最初から覚悟の上の事だったが、今の気分は「踏んだり蹴ったり」である。
沈黙は重かったけど、僕は何も言う気もなれなかった。すると、るりかが「くすり」と
笑って、小さく舌を出した。
「あの後、わたしも、呼び出されちゃった。」
 僕は驚いてるりかを見た。
「監督、言ってたよ。」
 彼女は天井の水銀灯をまぶしそうに手をかざして、見上げた。
「『全く、あいつはリトルリーグ以下の馬鹿野郎だ。あんな事じゃ、いつまでたっても一
軍でキャッチャーはできん。』・・・でもね。その後でね。」
 彼女は、視線を地面に落とした。そして、ほんのちょっと・・・ちょっとうれしそうに、
微笑んだ。
「『キャッチャーがそこまで馬鹿をやってくれると、ピッチャーはうれしいわな。』って」
 参った。全部お見通しか。・・・監督が鋭いのか。それとも僕の底が浅いのか。
 るりかは「よいしょ!」と勢いをつけてベンチから立つと、僕の正面に立った。そして、
後ろに隠していた紙袋を「はい」と、差し出した。
 僕は呆気にとられたまま、その袋を受け取ってしまった。
「遅くなってごめんなさい。3日遅れだけど、誕生日のプレゼントです!」
 きれいな空色のリボンのついたかわいらしい小さな袋。大きさは、ちょうど野球の硬球
が入るぐらいの・・・
「!」
 あわてて、袋を開く ――― と。
 中には、野球の硬球が入っていた。セ・リーグの公式戦試合球。今日の日付と対戦相手
のチーム名。そしてるりかのサイン。紛れもなく、今日の、るりかのプロ入り初勝利の、
ウイニング・ボール。
 ただ新人が一勝しただけのものではない。日本のプロ野球で初めて女性が勝利投手にな
った、その証(あかし)のボール。おそらく10年、いや、日本でプロ野球が続く限り語
り継がれるであろう伝説の、これは『証拠』。
「いろいろ考えたんだけど、いいのが思いつかなくて。・・・で、やっと今日、一番貰っ
て欲しいものが見つかったから。」
 僕がそのまま黙っているので、るりかはちょっと不安そうな顔になった。
「貰って、くれる?」
「たーけが。」
 僕は、手の中のボールを見つめたままで、言った。
「こーゆーもんは大事にとっておくもんだ。ほいほい人にやるもんじゃない。」
 るりかはむくれた。
「あ−! そーゆーこと言うか! だったら返してよ!」
「一度貰ったもんは僕のもんだ。」と、彼女の目の前にボールを掲げて、僕はめいっぱい
意地悪い顔で笑って見せた。
「引退して金に困ったら、野球博物館にたたき売ってやる。」
「ひっどーい! 世界にたった一個の、記念のボールなのにー。」
 ぐあっという感じでるりかが目をむいて、顔を突き出す・・・
 言い合いながら僕らは笑っていた。笑い出すと止まらなかった。
「さあ、行こうよ! みんな待ってるよ!」
るりかはくるりと身を翻した。そして弾むような足取りで、扉の方へ歩いていく。僕は
その背中を見ながら後を着いていく。
 また、頭の中にあの、空色の写真立てが浮かんできた。僕はあえてそれを消なかった。
 戦う相手が見えているというのは、いい事だ。・・・たとえ、明日にもマジックが点灯
しそうなくらい「ゲーム差」が有ったとしても。
 勝負は終わってみるまで分からない。マジックが点いたら消してやればいい。
 今、彼女のそばにいるのは、この僕だ。あきらめるものか。
「るりか!」
 遠ざかる小さな背中に僕は呼びかけた。彼女は立ち止まって振り返る。
 僕は自分のポケットからもう一つ、別のボールを取り出して、彼女に投げた。
 ボールは水銀灯の白い光の中を、柔らかな弧を描いて飛ぶ。
 るりかの初勝利を決めた勝利打点のホームラン・ボール。
 彼女はそれを、両手でしっかり受け止めてくれた。



             完





あとがき

 お疲れさまでした(笑) こんなに長いのに、懸案の設定説明は何もできていません(笑)
 第一作の「センチメンタル・ストッパー」はシーズン終了間際の話ですから、この「U」
はそれ以前の出来事と言う事になります。るりかの「初勝利」がテーマです。
 が、本当の元ネタは、8/22の掲示板の「るりか誕生日おめでとう書き込みラッシュ」
だったりします。残念ながら長老は皆さんとるりかの誕生日を祝えず、2日後掲示板を拝
見しました。
 残念で残念で。そこで、せめて、物語の中に登場する「語り部君」には、目一杯るりか
を祝ってやって貰いたい、とこんな話になりました。
 実質一晩で書いたにしては、結構うまく行き、又、実に楽しく書けました。
 読んで下さった方にとってもそうで有れば、これ以上うれしいことはないのですが。
 では、このへんで。おつきあいありがとうございました。

2000/8/25

松山千春 「君に」 を聞きながら。


                                長老  拝









〜今日のお話〜

 今日も長老さんより、るりかと「僕」の、息ぴったりバッテリーの話をいただきました。
私はもう、最初から最後まで一気に読み通してしまいました。
息つく間もない、とても密度の濃い物語でしたね。
 でも、私は今回の話を八割ほど読んでいた時点では、「僕」は彼に負けてしまうんじゃないかと思っていました。
そうですよね〜。やっぱり、野球も恋も、こうじゃないと面白くありませんです。

 さて、最後にるりかからウイニング・ボールを貰った「僕」ですが、
「僕」は恋のウイニング・ボールをもらうことができたのでしょうか?
答えは「否」です。
私は、あれはまだ、本当のウイニング・ボールではないと考えています。
球場の外でもひきつづき行われる「彼」との試合。
勝負はまだ五分、いえ、ようやっと四分六分にまでもってきたところだと思います。
野球で云えば、まだ五回裏。これからが勝負ですよ。
 誰が言った言葉か知りませんが、野球界には「野球は終わってみるまで分からない」という名言があります。
るりかを巡って争う、「僕」と彼との戦い。
恋の行方も終わってみるまで分かりませんよ。



(2000/08/26)




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(c) NEC Interchannel, Marcus, Cybelle, Comix, illustrated by Kai Tomohisa



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