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センチメンタル・ストッパーIV

〜 ベンチ・レポート〜

第四話 長老前説

 第四回。「グランド外の風景」編です。(ゆえに「ベンチ・レポート」です。)
いくつかの小話から成り立っています。
1 開幕前 合宿所・夜 
2 試合直前 一塁側・監督室
3 試合直前 一塁側・ロッカー・ルーム
4 試合直前 三塁側・ミーティング・ルーム
5 ストッパー
の5編。
るりかの視線が届かない場所で、野球の試合が動いていく様子を書いてみたくて、付け加えてみました。
「箸休め」のつもりでご覧ください。



センチメンタル・ストッパーW 第四話
             
ベンチ・レポート


1 開幕前 合宿所・夜 

 その頃、ぼくはるりかに内緒で、ある「練習」を続けていた。
 
 まずピンポンの球を一つ用意する。種類やメーカーにはこだわらない。公式試合球であ
る必要もない。色は・・・結局上からビニールテープを巻くので関係ない。
 ただし、ビニールテープを巻くときに一工夫いる。ピン球とテープの間に鉛の薄板を挟
み込む。鉛は釣りの錘用にふつうに売られている物で十分だ。
 この鉛を入れることでピン球の重心が変わる。
 この特製ピン球は壁に投げるとまともにはね返ってこない。くるくると回ったり、ふら
ふら揺れてはね返ってくる。手に当てるのも難しい。これを左の掌の真ん中で受け止める
のは結構骨が折れる。薄暗がりでやるとさらに難易度は上がる。この上、ビニールテープ
を黒い色の物に変えたりするとどうしようもない。
 いろいろやってみたけれど、これが『るりかボール』のイメージに一番近かった。
 最初は文字通り手探りだった。いつ捕れるようになるか、全く見通しが立たなかった。
途方に暮れた事もある。一晩中まんじりともせず、夜明けを迎えたこともあった。
 それでももう後戻りは出来なかった。一流投手の基準とされるストレートが「MAX13
0キロ」たらずのるりかにとって、『るりかボール』こそは生命線だった。今でも十分打ち
にくく、そして捕手にとっては「捕りにくい」ボールだが、それでは足りない。『るりかボ
ール』はプロでも「打てない」ボールにならなければならないのだ。ならば、僕はプロの
捕手でも捕れない変化球を捕れる『捕手』にならねばならない。それが「山本るりかとバ
ッテリーを組む」という事だ。
僕は自分に自分で言い聞かせて壁に向かった。
「これが出来なければぼくたちの夢は終わる」と。
 
 月明かりを頼りに寮の壁に向かって始めたこの練習は3ヶ月間、一日も欠かさず続いた。
コツを掴むまでに一ヶ月。捕球の考え方や確実性をあげるための工夫にさらに1ヶ月。そ
の成果が納得できるようなレベルに達したのはシーズン開幕のわずか三日前の事だった。


2 試合直前 一塁側・監督室

 わたしの前には一枚の書類がある。
 一軍選手登録申請書。この一枚の紙の中に、我々プロ野球人の栄光と挫折の全てがある。
たかだか20数個の「枠」を巡って人生を削る・・・そんな日々と引き替えにして、得よ
うとするものはいつも、ここにあったのだ。
 プロ野球選手の「生命」は短い。それは燃えさかる炎にも似て、熱く、また儚い。
 花火のような大輪。一瞬の激しい爆発。全てを照らしつづける太陽。たき火のような暖
かな炎。あるいはろうそくの灯の如き静寂。炭火のように内に灼熱を秘めて燃え続ける者
もいれば、埋み火のような長い雌伏の末に燃え上がる者もいる。
 様々だ。
 わたしも、かつては激しく燃え、沢山の選手と出会い、そして、見送ってきた。
 そんな中でも、山本るりかは特別だった。彼女の入団は単なる一新人選手の入団ではな
かった。それは社会現象さえ巻き起こしかねない一個の「爆弾」であり(実際それはほぼ
正しい予測では在ったのだが)その「入団」はもはや一個のプロジェクトだった。それも
親会社からグループ企業までを巻き込んだ、巨大なものである。「開幕一軍」はすでに決定
事項であり、「ケガをさせないように」とわざわざ文章が回ってきた。    
わたしは、そんな球団のやり口が気にくわなかった。
 選手達の「時間」は限られている。その限られた短い時間の中には一分一秒とて、無駄
な時間はない。どんな巨大なプロジェクトであろうが、そこに立ち入る事は許されない。
全ての「一瞬」は戦いの中で燃焼するために存在しているのだ。限られた『席』は不断の
努力と確固たる信念、突出した才能、そして「戦う意志」を持った「戦士」の為にこそ、
用意されるべきもの。そこに「お祭り騒ぎ」の入り込む隙間はない。それが「プロフェッ
ショナル・ベースボール」だ。
 だが、結果的にこの「勝負」はわたしの完敗に終わった。『彼女』は、今、誰よりも激し
く、鮮やかに、燃焼している。
 そして、わたしはその彼女にかつて無い試練を科そうとしている。
 まだプロになって一年に満たない、あのか細い肩に、全てを託そうとしている。
 いつもであれば、怖じけるまい。安心にはほど遠いが、スリルを楽しもうという程度の
心境にはなれる。だが、今度は、側に『あいつ』がいない。あの大馬鹿者の姿は・・・
「・・・」
 久しぶりに「怒鳴り甲斐」のあるヤツだった。気が回り、吸収が早く、そのくせふてぶ
てしいほどに頑固。立ち直りが早く、叩けばのびるしぶとさがあった。なまじ頭が良いば
かりに自分の「可能性」を見切ってあきらめるような、歯がゆいところもあったが、それ
もいずれは時間と経験が克服させるだろう。
・・・だが。

「監督」
 球団広報の声が、わたしを思索の迷路から呼び戻した。
 わたしは再び、机上の書類に目をやった。
 選手登録の事務手続きを進めなくてはならない。


3 試合直前 一塁側・ロッカー・ルーム

『吉野雪信』。
「・・・・・・」
 自分の名札の入ったロッカーの扉を見て、俺はようやく一軍に上がった事を実感できた。
 二軍で同期のヤツに言われた事が、ふと思い出した。
「お前の方が才能がある。肩もバッティングも、トータルなら誰が見ても将来の正捕手。」
 アイツは、えらそうに俺に向かっていうた。
「このくらい、練習したらすぐできるようになる。やから、キャッチャー、諦めるなよ。
こんな楽しいポジション、他にないぞ。」
そうや・・・あれは、キャンプの終わる3日ほど前のことやった。・・・

「頼みがある。」
 アイツはそういうた。
・・・で、屋内練習場に連れて行かれた。同期入団のピッチャーのボールを受けろとい
う。
 なんで俺を・・・そう素直にゆうたら。アイツは
「僕に何かあったら、『るりかボール』を獲れるやつが居なくなる」
・・・そう言う返事やった。
 ふざけんな。そう思た。
 一コ年下やおもて・・・どこでどんな野球やってたかは知らん。
 けどな。俺は甲子園の優勝校のキャッチャーやったんやぞ。
 なめんのもたいがいにせいっ! 『女』のボールくらい目えつぶったかて捕ったるわ
い。・・・そない、思た。
 甘うみてたんや。それが分かった。
 はじめて、るりかさんのボールを見て・・・
 本気のるりかさんを見て・・・。
 なんでこんな普通の女の人がプロになれるのか。俺は、その時、思い知ったんや・・・
あんな凄いボール、生まれて初めて見た。
 正直、無理やと思った。俺なんかが、とれるボールと違う。俺なんかが相手を出来る・・・
バッテリーを組める人やない。そう思った。けど。
 ・・・けど。
 けど、俺はその瞬間に心の底から・・・この人のボールを「うけたい」と思った。バッ
テリーを組んでみたい、そう、思った。この人と組んで、試合を最後まで出来たら、どん
なにしびれるやろうか。そう思ったら、もう、居ても立ってもいられなかった。
 やから、死ぬ気で練習した。めし食うひまも惜しんで練習した。夏の間、ずっと。
 ・・・・
 俺はその日から、二人を「先輩」と呼ぶようになった。


4 試合直前 三塁側・ミーティング・ルーム

 試合前のミーティング。名古屋に「先乗り」(先行偵察)していたスコアラーから、報告
があった。相手チームの新ストッパーに関する情報である。
「山本るりかはこの三連戦すべてに登板しています。打者8人と対戦して、一本のヒット
も許していません。特にこの2試合はストッパーとしての起用です。」
抑えのベテランが今季絶望、中継ぎも故障者続出で先発が崩れると後のやりくりがつか
ないという噂は、どうやら本当のようだ。でなければ、右バッターばかりとはいえ、ルー
キーの新人に「抑え」を任せるわけが無い。
「全部で二〇球程度ですが、コントロール・キレともによく。特にコントロールに関して
は思ったとおりのところに投げているように見えました。」
 二〇球とは少ない。データは対戦チームの「あせり」を如実に映していた。それに理由
が在る。山本るりかと言う投手は、コントロールが抜群でまず失投が無い上に、独特のナ
ックル・ボールをウイニング・ショットにしている。これがいわゆる「るりかボール」で、
普通のナックルに比べて変化も大きく、カーブのように鋭く落ちる。2ストライク獲られた
後にこのボールがくると「手も足も出ない」ので、対戦するバッターは誰もが追い込まれ
る前に他のボールを打とうとして厳しいコースや難しい変化球に手を出し、結果として凡
打を繰り返しているのである。
「・・・が、データを見る限り面白い事がわかりました。山本るりかは例の『事故』以来、
一度も『るりかボール』を投げていないのです。」
 ナックルは無回転のボールであるために、全く予測できない変化をする。落ちるか落ち
ないか、右か左か、それすらわからない。手を離れたら最後ボールの行方は、打者はおろ
か、投げる投手にも捕る捕手にもわからない。この変化球を捕球する為には非常に高いキ
ャッチングの技術が必要とされるが、それがメジャーにも稀な超Aクラスのナックルとな
れば、たとえプロの捕手であっても完全捕球は至難の技である。
もし、あの事故に遭ったキャッチャーが唯一人『るりかボール』を獲れるキャッチャー
だったとすれば・・・
「どんなに切れ味鋭い『伝家の宝刀』であろうと、収まるべき鞘がなければ使えはしない。
ウィニング・ショットを『封印』されたストッパーなど、恐れるに足らん。」
 スコアラーにかわってピッチング・コーチが発言した。
「待球戦術を行う。山本るりかは三戦連投している。球数を投げさせれば、いずれ自慢の
制球も乱れる。」
コントロールに宿命的な欠陥を有するナックル・ボーラーに対してはじっくりボールを
見て「球数」を投げさせる「待球戦術」は定石中の定石である。
「たかが、中継ぎ一人と思うな。山本るりかこそ、ドラゴンズの最後の切り札だ。この三
連戦で、チームもろとも息の根を止めろ!」
 獅子は、ウサギを仕留める時も、全力をもってするものだ。

「不満そうな顔、しとるな。」
 打ち合せ終了後のミーティング・ルーム。選手たちが三々五々散り始める。その男は前
の席に座っていた年少の僚友に(関西弁で)声をかけた。
「そんな風に、見えますか?」
 と、彼は慎重に言葉を選んで返事を返した。
「ただ、俺は『相手投手のウィニング・ショットを狙い打ってこその主軸打者』と言われ
てきましたから。」
「なるほど。そら、いい根性やな・・・さすがは『天才』。」
 よっこらしょ。と、いささか爺むさい掛け声とともに、声をかけた男も席を立った。
「けど、もし、そのボールが来たら打てるんか? ナックルはむずかしいでぇ。」
 挑発的な口調だった。いささかむっとした顔つきで、「天才」と呼ばれたバッターは「そ
んなチャンスがあれば、打ちますよ。」と答え・・・そのまま、部屋を出ていった。
「おこらせてしもたか?」と、男は一人苦笑いを浮かべる。
 野球には相手の隙や弱みに付け込むという要素がある。そういうことが必要とされる試
合は多い。
だが、そうでない「野球」もこの世には存在する。現に彼らは、隙を突くことも駆け引
きも必要とせず、力と力、才能と才能を激突させ、なおかつ相手を押しつぶす・・・それ
が可能なチームに彼は所属しているし、それに相応しい実力を持つと自負もしてもいた。
投手が絶対の自信を持って投げ込む最高のボールを、最も劇的な場面で一番遠くにはじき
返す。首脳陣の思惑も組織の束縛も無視して、ファンの夢を演出する。そんな「特権」を
許されたごく一握りの選手たち。彼らはその中に含まれる稀有の存在である。
 何故、悩む必要がある。心のままに「勝負」すればいいのだ。
 なにせ相手は噂の「魔球」使いのストッパーなのだ。これで燃えねば「漢」ではない。
 バットの芯に当てる自体が「至難」とされるナックル・ボールだが、逆に芯さえ食えば
無回転のボールである故に、普通のストレートよりもはるかに飛ぶとも言われる。これほ
ど劇的な対決はないだろう。
「ワシやったら、思いっきり振るなあ。・・・思いっきり、しばいたる。」
 試合前の打撃練習の為に、ミーティングルームから、ベンチを経てグランドへ向う。そ
の途中、前述の「天才」同様にチームを代表する強打者とされ、彼自身「怪物」と呼ばれ
るその「漢」は、少年のように目を輝かせて、笑った。


5 ストッパー

 ・・・・・・・・・
 ピッチャーとはベースボールというスポーツにおいて、最も過酷なポジションである。
彼らは「自分が投げることによってゲームが動き始める」という名誉と引き替えに、その
体を激しくすり減らす・・・一試合を投げきれば、投球数は一五〇を、時には二〇〇すら
超える。
 どんなに優れた投手であろうと、その一五〇球の末には球威が衰え、変化球は曲がらな
くなる。当然痛打を浴び、逆転を許し、敗北する。そして、そんなこととはおかまいなし
に、有為で貴重な才能は刻一刻消耗しつづける。
 これら貴重な投手の肩や肘を守るために、そして何より勝利を勝ち取るために何をすべ
きか? 賢明な監督たちはすぐに気付いた。投手の疲労がピークに達する試合終盤の短い
イニングを、疲れていないイキの良い投手に投げさせればよい・・・。
 こうして、「彼ら」は生まれた。
 絶体絶命のピンチに颯爽とグランドに現れ、敵の反撃を断ち切って、チームを勝利へと
導く。・・・そんな「仕事」を生業とする「救援登板」のプロフェッショナル。
 リリーフ・エース、抑えの切り札、火消し役、守護神、最近はメジャー・リーグになら
って「クローザー」等とも呼称されるこれらの投手達のことを、我々はある種の畏敬の念
を込めてこう呼ぶ。
「立ちふさがる者」・・・「ストッパー」と。

 ここに一人の投手がいる。この人物を表現するにふさわしい言葉は、他にも沢山あると
おもうが、今はあえて投手といおう。
 十勝四敗。防御率2.21。56セーブ。実働・・・わずか三年。
 前述の記録は、この投手の事を何も語ろうとしていない。ただの無粋な『過去』の残骸
に過ぎない。
 あまりにも短く、激しく、鮮やかに燃焼しきったその姿は、この数字のはるか彼方にあ
る。当然だ。この投手は「記録」よりもむしろ「記憶」の中にこそ存在すべき選手である。
『伝説』の中に生きる存在である。
 だから・・・僕はこれから『思い出』を語ろう。 
 9月3日。ナゴヤドーム。9回表。二死満塁。
 その夜、かのスタジアムのダイヤモンドのてっぺんに、一人の『天使』が舞い降りた。
 僕が語りたいのは、その夜『彼女』がみせてくれたささやかな『奇跡』についてである。 
 
ベースボール・タイムズ連載
『伝説が生まれた夜』 第十回 
『〇〇・九・四 その夜、天使は舞い降りた』
より、抜粋。




(第四話 完)





あとがき

第四話 長老のあとがき

「るりすと」Wの第四話、(全九話になります。)
 今回はるりかが出てきません。(反則ですね。イエローでしょうか?)
 雰囲気重視で書いております。細かい点で引っ掛かる事があっても、笑って流してやってください。お願いします。・・・特に。
 特にGファンの方。
 

                                長 老 頓 首





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