センチメンタル・ストッパーIV・第一話
〜 悪夢 〜
| ▼ 彼の事故から、二日目の夜。 ナイトゲーム終了後、わたしは何人かのチームメイトとともに、彼の入院する病院に行 った。ホームでの六連戦・・・の三戦目。わたしは何とか相手打線を抑えきった。これで チームも三連勝。七ゲーム差。わたしは二つ目のウィニング・ボールを握り締めて、彼の 病室に急いだ。・・・話したい事はたくさんあった。 勝ったこと。体が軽く、コントロールもいい事。 だから、思った通りのところに投げられている事。 『ノート』の作戦通りに打者を討ち取った事。 そして 次の三連戦にかぎってではあるけれど、「ストッパー」をやる事。 誰より早く、彼にその事を伝えたかった。・・・それなのに。 それなのに、彼は昏睡状態のままだった。 「『異常がない』のなら、何故、目を覚まさないんですか!」 チームメイトの一人がそこにいる全員の疑問を代理して質問した。そのとおりだ。だい たい彼の「怪我」は大したものではないはずだった。 骨折も出血も無かった。脳波だって正常だった。脈拍も心肺機能も血圧も平常値だった。 ただ、どうしても意識だけが戻らなかった。二日間いくつかの方法が試されたが、彼は 目を覚ますことなく、昏々と眠りつづけていた。 そんなバカな話があるだろうか? 異常がないのなら、なんで彼は目を覚まさないのだ ろう? わたしは呆然とただ立ち尽くしていた。 医師の説明が耳をすり抜けていく。 ・・・頭部への衝撃によって引き起こされた昏睡状態には非常に深くなるケースがあり、 症例によっては数ヶ月単位、数年間単位で、眠りつづける場合がある・・・ ひざから力が抜けるのがわかった。 『次に病院に行った時にはきっと目を覚ましているに違いない』 わたしはひたすら自分にそう言い聞かせて、マウンドに上がってきた。ただ、それだけ を支えにして・・・病室に入る気になれなかった。彼の家族に一体どんな顔して会えばい いのだろう? 「最悪のケースですが」 と、医師は病人よりも青ざめた顔で、わたしたちに告げた。 「このまま昏睡状態のまま・・・ということもありえます。」 そう聞かされた瞬間、わたしの頭の中は真っ白になった。指先から力が抜け、ボールが 床に落ちて硬い音を立てた。 さまざまな想いが浮かんで消えた。いろんな言葉が声になるまでに消えた。 わたしとバッテリーを組んでいなければ、彼だってこんな事にはならなかったんだ。い いや、あの日、あの時、わたしが彼と出会いさえしなければ・・・きっとこんなことには・・・ 「おいっ! るりか!」 耳元で昌宏の声がした。他にも沢山のわたしを呼ぶ声・・・それもすぐに遠くなる。 すうっと視界が暗くなり、意識が遠のいた・・・ ▼ ふと気がつけば。 わたしは暗い病室で、一人、彼の枕元に座っていた。 「えっへん! 凄いでしょ! 二連続セーブ、いまだ無安打無失点んんっ!」 そんな風に、わたしは彼に報告するつもりだった。 「わたしだって頭を使ったピッチングが出来るんだからね! いつも『た〜け』『た〜け』 ってバカにして。どう、少しは見直した? ・・・知恵熱? 誰が出すか!」 そんな風に、ちょっと冗談を交えて、試合の事を話すつもりだった。 「大体ね。ボール追っかけて壁に激突している人に、他人を馬鹿にする資格なんてないの よ! いっつもわたしの事イジメてたからバチがあたったのよ。うん。きっとそーだ!」 そんな風に言って、相談して、愚痴って・・・甘えて。 「ま、諦めてゆっくりすれば。わたしは大丈夫だから。そりゃあ、いつまでもは困るけど。 ・・・ずっとは、嫌だけど・・」 なのに・・・ 「どうして・・・」 たかが野球。たかがアウトの一つじゃないの。・・・なのに、どうして。 わたしは、知りたい。・・・聞かせて欲しい。 何故、彼が記録し、考え、訓練し、命がけで戦ってくれたのかを。 知らなくてはいけないのだと思う。それがわたしの責任、そして「つぐない」だから。 「ほんとに知りたいの?」 その声は突然、背後から聞こえた。 聞き覚えがある声だった。わたしはおそるおそる振りかえった。 「ほんとに知りたいのかな? それ、本心?」 病室のドアのところに、18歳くらいの男の子が立っていた。半袖の白いシャツと綿パ ン。ドアにもたれる様にして、顔を伏せている。だから、その表情は見えない。 「本心だよ!」 わたしは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。 「そうかなあ。るりかってさ、そういうの、嫌いだったじゃないか。」 その男の子は微かに声を立てて笑った。 「だってさ。もし『それ』を聞いたら、もう、彼とはチームメイトでいられないかもしれ ないよ。・・・だからさ。逃げ回っていたんでしょ。彼があんなことになる前・・・」 「そんなこと・・・」 「ホントにいいの? いいきれる? 友達でいられなくなるかもしれないんだよ。」 そんな、ことは・・・ 「だったらさ。このままでもいいんじゃない? ずっと答えが出なくてもさ、多分『彼』 は『仲間』で居てくれるよ。」 でも、わたしは・・・ 「それじゃあ、また、傷つくことになるよ。きみも、そして彼も・・・それでもいいの?」 わたしは・・・ 「強がってもだめだよ。ぼくは、きみを知っているんだ。きみは、今でも怖がっている」 わた・・・し・・・ 「お互いを分かり合って結び合うほどに、引き裂かれる時の傷は大きい。離れる時には、 必ず相手を傷つける。・・・それが、また、繰り返されることをきみは恐れている。」 ・・・ 「彼はきみを助ける為に傷ついた。きみと一緒にいる限り、彼は同じ事を繰り返すだろう。 そして彼が傷つくたびに、きみも傷つく。・・・二人で傷つけ合う。」 ・・・ 「やめたほうがいいんじゃない? 深入りしなければ、いいのさ。」 その声は陰陰と、無慈悲に、宣告した。 「だから、ほら、こんな風に取り返しのつかないことになった。」 わたしは耳をふさいでしゃがみこんだ。やめて、とさけんだ。それでも声は聞こえた。 「ぼくは知っている・・・僕はきみと知り合って傷ついた。きみは僕と知り合って傷つい た・・・」 しゃがみこむわたしの耳元に口を寄せて、「ねえ」と彼はやさしく笑いかける。 「ほんとは、さ・・・きみも思ったんじゃないか。」 突然脳裏に閃くイメージ。雨の・・・あの別れの日・・・空に上る煙を見上げた日。 「ぼくに出会わなければよかった。・・・そうすれば、こんなに辛い思いをしないで、すん だのに・・・と。」 わたしは、声のかぎり、絶叫した。 ▼ 「るりかさん! るりかさん!」 強く揺さぶられて、わたしは目覚めた。 「落ち着いて!・・・大丈夫!」 誰かがわたしの顔をのぞき込んでいる。が、わたしは目に力が入らなくて・・・ぼんや りと視線を漂わせた。人の気配はひとまず安心したようで、「ほっ」と一つ溜め息をつくと、 ベットを離れた。 真っ白のカーテン越しに柔らかい朝の光が差し込んでくる。起き抜けのぼやけた頭で周 囲を見回すと、そこは病院のベットだった。やさしい声がする。 「覚えていますか? るりかさん、昨日の夜、急に倒れたんですよ?」 倒れた?・・・・そうか。わたし気を失ってしまったんだ・・・・すると。さっきのは 『夢』? じっとりと寝汗をかいていてた。下着が肌に張り付く。気持ちが悪い。 「・・・・」 いやな、夢・・・どうして、あんな夢を? 『あの人』があんなこと、言うはず無いのに・・・。 「・・・・」 『あの人』なら、今のわたしに何て言うだろう? 今のわたしを見たら・・・ わたしは再び目を閉じた。 ・・・やめよう。答えのない問いを自分に投げるのは。無駄なことだと気づく時間はい くらでもあったはずだ・・・ 「シーツを代えますね。着替えもしなくちゃ・・・」 あたたかい声がした。明るいのに邪魔にならない、気持ちが良い声。 「ちゃんと寝てないでしょう? ごはんだって・・・もう。だめですよ。そんなことで一 年間ちゃんと試合に出られるんですか?」 そうなんだ。実は三日間、ほとんど寝ていない。わたしは声の主を求めて視線をめぐら せた。こちらに背を向けて看護婦さんらしい人影が点滴のラベルを確認していた。 「今シーズンはいつにもまして怪我人が多いんですよ。るりかさんまで倒れたらドラゴン ズのリリーフ陣、戦わずして崩壊しちゃうじゃないですか! プロなんだからちゃんと自 己管理をしてもらわないと困ります。ファンはまだあきらめてないんです!」 妙に野球に詳しい看護婦さんだ。まるでコーチのよう。どこかで・・・あれ?・・・い や、ぜったいどっかで、会ったことある! 後ろ姿に見覚えがある! 「これ以上ナゴヤドームでGに負けたら、わたし、ドラのファン、やめちゃいますからね。」 慌てて体を起こし・・・再びめまいを起こして、頭をおさえる。看護婦さんは傍にきて、 横になるのを手伝ってくれた。編んでまとめた髪。銀色のフレームの眼鏡とその奥のやさ しい瞳・・・昔のままのやさしい笑顔・・・ええっ! うそっ! 「『うそ』なもんですか! わたし、今度という今度は本気なんですから・・・」 いや、そうじゃなくて・・・そうじゃなくて! 彼女はアメリカに居るはずなのにっ! 「香澄ちゃん! なんでここにいるのっ!」 彼女は、黙ってお日様色の笑顔をくれた・・・。 「昌宏さんからメールを貰ったんです。」と香澄ちゃんは答えた。 二人でちょくちょくメールのやりとりはしていたのだという。わたしに関する情報も定 期的に流れていたようだった。「いつのまに」と、ベットの反対側にいた昌宏をにらむ。 と、この不義理な双子の兄貴は目をそらせた。 今中香澄ちゃんと初めて会ったのは、高二の時。学校も住んでいる町も違う彼女と何が きっかけで知り合い、手紙や電話やメールで連絡を取り合うような友達になっ たかは・・・まあ、一言で説明しきれない色んな事があったからなのだけど(『センチメ ンタル・ジャーニー第七話 〜中部戦線異常あり〜』参照)わたしにとって、そして昌宏 にとっても、大切な親友の一人。・・・それにしても、いつもながら、いざという時の彼 女の行動力には、感心させられるというか、呆れるというか・・・圧倒されるもんがある。 看護婦になるためにアメリカ留学していたはずなのに・・・勉強とか大丈夫なんだろう か? 「わたしが来たからには、もうだいじょうぶです!」 わたしの心配をよそに、彼女は、彼女はきゃしゃなこぶしで自分の胸を叩いた。 「がんばって、元気になって、一緒にGをやっつけましょう!」 「・・・うん。」 わたしの返事はちょっと遅れた。・・・おもわず、遅れてしまった。 ベットの脇のいすに座っていた昌宏がわずかに眉をしかめた。 香澄ちゃんの笑顔が曇った。 「・・・」 辛い・・・でも、わたしは取り繕う事も出来なかった。 「・・・ごめん。香澄ちゃん、せっかく来てくれたのに」 重い倦怠感。虚脱感。胸を覆う憂鬱。悔いと無力感・・・わたしの心は「からっぽ」だ った。燃えていた闘志も、責任感も、何もかも消え去っていた。頭を上げる事も、香澄ち ゃんや昌宏の顔を見る事も、『ノート』を見る事すら厭わしかった。いや・・・ しないでいいのなら、息をするのも面倒だった。昨日まで、一体どうやって生きていた のかも、わからなかった。 ここにいる現実も、今までの人生も、これからの未来も、すべて無意味に思えた。 なんだか「キレ」て、しまった。・・・なにもかも、終わったように思えた。 もう・・・ 「ごめん・・・わたし・・・何か、だめみたい。」 もう、野球なんか、どうでもよかった。 |
あとがき
| 第一話 長老のあとがき 「るりすと」Wの第一話。(全九話になります。) いえ、長老もまさかこんな事になるとはおもわかなかったのですが。 第一話は、るりかが見る悪夢がテーマになっています。この悪夢と向かいあって、答えを 出す事がこのストーリーの目的です。 ところで、この第一話には物語の鍵を握る人物が二人登場しています。 謎の少年(笑)と今中香澄嬢です。この二人は当初登場の予定はなかったのですが、長 老の「センチメンタル・グラフティ2」を完結させるためには絶対必要なキャストでした。 しかし(今にして思えば当たり前なのですが)新たな登場人物を設定すれば、それだけお 話自体が長くなるのです。 長老自身も「この二人さえいなければ」と書いている途中で何度も思いましたが、作者 の優柔不断か、彼らの生命力か、とうとう最後まで生き残ってしまいました。 さて、そんなわけでこのお話は延々と続きます。 もしよろしければ、つづきもよろしくご覧ください。 長 老 頓 首 |
