センチメンタル・ストッパーV

〜 対決 〜



センチメンタル・ストッパーW 第五話 対 決


「あれ?」
 気が付くと、僕は薄暗い通路をあるいていた。
「なんでこんなところにいるのだろう?」
 薄く「もや」のかかった脳みそで一生懸命考えてみるが、答えなんか出るわけない。
 進行方向から人の話し声が聞こえる。後はアナウンス、応援歌の合唱や手拍子・・・そ
の音に導かれて、僕はさらに奥へ進んだ。
 廊下を抜けると、いきなり光あふれる広い空間にでた。
 カクテル・ライトと騒音で溢れかえるそこは、ナイト・ゲームのスタジアム。内野席の
一番上だった。もう九分まで人が座っている。
「なあんだ」
 と胸の奥で呟く。
「ここはナゴヤドームじゃないか。」
 それで納得した。なるほど、これは・・・
「そう。夢ですよ。」
 隣りから声をかけられた。僕が振り向くと白いシャツを着た少年が立っていた。年齢は
18歳ぐらい。言葉には訛りが無い。シンプルな服装だけどかえって垢抜けて見える。たぶ
ん東京の人間。
「へえ。さすがプロのキャッチャーですね。観察眼が鋭いや。」
 少年はこちらの思ったことを悟ったように話した。ま、夢だ。どんなことがあっても不
思議じゃない。でも、それなら何故こちらの席にいるのだろう。東京にドラゴンズ・ファ
ンがいないとはいわないが、ナゴヤで内野席に座るのが似合うタイプとも思えない。
「別にドラゴンズ・ファンってわけでもありません。正直、野球にはあまり興味がありま
せんね。」
 じゃ、どうして?
「昔、付き合ってた女のコが野球が好きで、野球観戦に来たことがあったんです。」
 そういう君を野球観戦に誘うとは、また大胆な女の子だね。
僕がそう言う(考える)と少年はくすりと苦笑した。
「ええ。熱狂的なドラゴンズ・ファンでした。」
 うらやましいよ。僕もしばらく東京にいたけれど、ドラゴンズ・ファンの女のコはいな
くてね。たまに野球が好きなコがいても、東京ドームじゃ一塁側と三塁側に分かれちゃっ
て。そのまま、最後まで会えずにそれっきり。
「一塁側に座る気はなかったんですか? デートなんでしょ?」
 死んでも、ごめんだね。何でそこまでしてデートしなきゃならんのさ。
「ええと・・・何の為に女のコを野球場にさそったんですか。」
 うん。一人で応援しながらその辺が僕にもよくわからなくなってなあ。その夜は五回く
らいまで試合に集中できなくて困った。
「それでも悩んでたのは五回までなんですねえ。」
 うん。
「おもしろい人だなあ・・・いや、気を悪くしないでください。」
 いやいや、良く言われるから。多少変かなと、自分自身、思わなくもないんだよ。
「女の子ばかり気にしているぼくとは正反対だ。」
 と少年はうつむいた。
 そうほめたもんじゃないさ。と僕は年上ぶって笑って見せた。
「ぼくは今日は勉強のつもりだったんです。何故彼女がそれほどに野球に夢中だったの
か・・・ここにきたら、それがわかるんじゃないかと思って。」
 なるほど。人それぞれの悩みだね。
「どうです? 今日の試合、一緒に見ませんか?」
 かまわないよ。でも、前の方も上の方も、もう、いっぱいだなあ。
「特等席があるんです。」
 少年はふわりと宙に浮いた。
「大丈夫。飛べますよ・・・夢ですもん。」
 なるほど。
僕はうなずいて、軽く地面を蹴った。何の衝撃もなく、身体がふわりと宙に浮く。
「こちらです。」
 少年に導かれてたどり着いたのは、大きな広告の看板の上だった。
 なるほど、これは本当に特等席だ。
「この眼鏡をかけてください。」
 と虹色のサングラス(?)を渡してくれる。
「ピッチャーやバッターの顔も簡単にズーム・アップで見えます。」
 スピードガンの表示やスローモーションも見れるんだね。便利だなあ。
「まあ、夢ですから。」
 本当に夢って便利だ。
「ぼく、あんまり野球はわからないんです。色々教えてくださいね。」
 いや、そう言ってもらうとうれしいなあ。野球観戦はしゃべりながらやるのが楽しいん
だけど、うるさいと思う人も多いから。(あれは嫌な人には拷問。)
じゃあ「ひかえめに」ってことで。どうぞ、よろしく。
「こちらこそ。」

 こうして僕は少年と並んで、野球を見ることになった。
 この夢がハッピーエンドで終わるのか。それともバットエンドの悪夢なのか?
 それは、今のところわからない。
野球は、終わってみるまでわからないものだから。


センチメンタル・ストッパーW 第五話

対  決



 わたしは一点リードの七回のマウンドにいた。相手チームの四番打者が、左のバッター
ボックスに入る。
 二アウトながら二塁、一塁。点差は二点。ホームラン一本で逆転という場面で、打順は
今シーズン、リーグで一番多くのホームランを打っている打者にまわった。
「・・・」
 わたしはキャッチャーのサインに頷いた。
一球目はアウトコースのストレート。――― ストライク。
二球目も同じコース、同じスピードで、今度はシンカー。
・・・今度は軽く合わせるようにして、カット。―――ファウル・ボール。
三球目も、やはりアウトコース。ボール一個外す。――― 見送り。ボール。
四球目、イン・ローへハーフ・スピードのストレート。これをバッターは強振。ボール
はピンポン球のように、スタンドに飛んでいった。ただし、ファウル。
 カウントは2ストライク、1ボール。
 バッターの意識はインコースにある。
「だったら・・・」
 次のボールはインコースへ。ゆるいボール。左打者の手元あたりの高さから、ベルトの
あたりへ沈むチェンジ・アップ。――― 一塁線へ鋭い打球。わずかに切れる。
信じられないくらい懐が深い。今、わたしが投げたボールは、左の打者にはちょうど「ト
ス・バッティング」をやるような感じになるボール。腰が回れば、さばくことは出来る。
でも、絶対フェア・ゾーンには飛ばない。そのボールを、この人はジャストミートした上
に、ファウル・ラインと30センチの場所へはじき返した。手首がすばらしく強靭で、ス
イング・スピードが並外れているからこそ、できる芸当だ。外へ逃げればカットされる。
内に投げれば強打。それも多少外した程度ならあわせてくる。変化が甘ければ落ちるボー
ルにもついてくる。
「なんて鋭いスイング。まるで居合い斬りをされてれるみたい・・・」
 さすがは40本塁打、100打点の二冠王。(打率も.316。)
 いいや。この人だけではない。
チーム打率も.266、ホームラン201本、打点684得点。まさに驚異の200発
打線。並みの投手は力で粉砕されてしまう。
ホームランの数こそ優勝した年の阪神タイガースに及ばないが、特筆すべきは、総得点
の五割を本塁打で叩き出すこの打線が、10本以上本塁打を打った選手7人によって構成
されている点だ。好不調の波はどんな大打者にでもあるが、それが七人もそろえば誰か一
人調子を落としたところで致命傷にはならない。加えてこの絶対的な破壊力は投手に凄ま
じい重圧になる。全部がクリーンアップ、いや守備のバランスがとれている分「オールス
ター」と言っていい打線だ。並の投手なら「三巡目」で、精も根も尽き果ててしまう。
だけど、わたしにはまだ投げるべき「ボール」が、・・・「切り札」があった。
「・・・」
 わたしは右手の人差し指を左肩に当て、その後帽子のひさしをつまんだ。
 わたしのサインを見て、キャッチャーはわずかに腰を落として低い構えを取った。
 ボールを握った右手をグラブに納めて、静かにセット・ポジション。小さく息を吐いて、
セカンドのランナーに小さいけれども鋭い一瞥を送る。そして、再び小さな深呼吸。時が
凍りつくような一瞬の静寂の後、わたしはスパイクの刃で地面を削るように鋭く踏み込む。
目いっぱい胸を張る。「風」の抵抗を感じながら、腕を振る。指に全神経を集中。踏み込
み、膝、腰、テークバック、肩と肘、順番に貯めてきた力を伝えて、リリースの瞬間、右
手の指先で『それ』を「爆発」させる。
 放たれたボールは完全無回転で飛ぶ。無回転まま空気の塊にぶつかり、喧嘩して・・・
踊る。このボールと空気の「ダンス」が、予測不能の変化を生む。
 ホームベースの手前でブレーキでもかかったように失速したボールがベルトのあたりか
らホーム・ベースの真ん中に落ち ―――バットが空を切った。キャッチャーがショート・
バウンドのボールに覆い被さるようにして抑える。
 耳に痛いほどの静寂。そして、次の瞬間、真空を空気が満たすようにスタジアムに歓声
が溢れた。

『るりかボール』・・・それが今わたしが投げた変化球の名前だった。
 一般には「ナックル・ボール」と呼ばれている変化球。まず人差し指と中指、薬指を指
を折り曲げてその上にボールを乗せるように握る。(この握りから「拳」の意味で「ナック
ル」と呼ばれる)そしてボールの縫い目に爪をに立てる。この爪でリリースの瞬間、ボー
ルを弾き飛ばすようにして、投げる。
 こうして投げられたボールは無回転で飛ぶため、強い空気の抵抗を受け、不規則な・・・
あるいは不思議な変化をする。ユラユラと左右に揺れたり、急に失速したり、挙げ句にバ
ッターの手元で落ちる。(特にわたしのナックルは縦のカーブのように鋭く落ちる。)思い
っきり腕を振っても100キロ出ないゆる〜いボールなんだけど、小学校の時に初めて投
げて以来、まともに打たれた記憶が無い。それは驚いたことにプロに入っても変わらなか
った。筋力もスタミナもごく普通の女の子に過ぎないわたしが、プロとなり、開幕から一
軍のマウンドに立っているのは、このボールを投げる事が出来るからだ。
まさに、わたしにとっては「切り札にして、生命線」。それが「るりかボール」。
だけど・・・このボールには大きな「欠点」があった。
 ナックル・ボール独特の変化は、無回転のボールが大きな空気抵抗を受けることによっ
て生じる。ゆえにその変化は予測できない。右に曲がるか左に落ちるか。失速するか。そ
のまま行くか・・・指から離れたが最後、どこへどんな風に飛んでいくか、バッターは勿
論の事、投げるわたしにもボールを受ける捕手にもわからないのだ。
冗談のような話だが、このボールを試合で使うためには、「ナックル・ボールを捕れるキ
ャッチャー」が必要なのである。
 そして、私が入団したチームには、こんなボールを確実に捕ってくれる「捕手」がいた。
 練習の成果か、才能だったのか・・・その人はわたしのボールを受け止めてくれた。彼
がキャッチャーをしてくれたからこそ、わたしはナックル・ボールを・・・『るりかボール』
を投げる事が出来た。彼がいたからこそ、『プロ』を相手に、今まで戦ってこられたのだ。
 しかし、その捕手は今、ここにいない。その人は・・・わたしの「相棒」は、数日前の
試合中の事故が原因で、意識不明となり・・・いま現在も、病院で眠り続けている。
「相棒」が居なければ「るりかボール」は投げられない。相手は史上最強とさえ言われる
超重量打線だ。ウィニング・ショットが使用不能のわたしが、抑えられるとはとてもおもえな
かった。
 八方塞り。もう何も手は無い。絶望しかかったそんな時、わたしは彼の『ノート』の中にある
若手キャッチャーの記述を見つけた。
吉野雪信。わたしや彼と同じ年のドラフトで入団したルーキー。
彼は若手の捕手の中ではずば抜けた動体視力と反射神経の持ち主だ。完全に『るりかボ
ール』を捕球できるわけではない。だが少なくとも体に当ててボールを止めることはでき
る・・・と、そんな事が書いてあった。
『彼』が試合に出られない今、「るりかボール」を止める可能性があるのは、吉野君だけ・・・
わたしが、そのことをピッチング・コーチを通じて監督に伝えると、吉野君は即日一軍に
登録され、ベンチに入った。
 そして試合本番。
 相手ベンチはこちらの予測どおり「待球戦法」を選択した。最初からわかっていた。何
しろ、わたしの投げられる変化球の中で、打つのが難しいボールは『るりかボール』だけ
で、それが使用不能となのだから慌てる事は無い。じっくりボールを見極めて、きわどい
ボールはカットする。わたしは四連投で疲労はピークに達している。変化球はキレ味を失
いコントロールが甘くなる。それを叩いて止めを刺そう・・・と思うだろう。(定石どおり
だ。)
 わたしはその作戦を逆手に捕ることにした。七回から登板した後、るりかボールを一度
も投げずに相手の出方をうかがった。案の定、各打者は2ストライクまではじっくりボー
ルを見てきたし、器用なバッターはファウルを打って1球でも多く、球数を投げさせよう
とした。
 わたしは慎重に慎重にピッチングを組み立てた。そしていよいよ「一打逆転、打者四番」
の場面で初めて『るりかボール』の封印を解いた。バッターは落ちる球をまったく予測し
ていなかったようで、意表をつかれたような中途半端な空振りをした。
渾身の一球。そして会心の一投だった。
その後もわたしは『るりかボール』を投げつづけた。それを吉野君がよく捕ってくれた。
わたしは打ち気が見える打者は彼のデータ通りにインハイとアウトローに変化球を投げ
分け、早めに追いこんだ。じっくり待ってくる打者には容赦なく『るりかボール』をスト
ライク・ゾーンに連投した。
『るりかボールは健在。追い込まれると、あのボールが来る』
そう思わせておけば、他のボールも使いやすくなる。わたしは『るりかボール』の存在
を印象付ける事で、あの投手にとってはストレスの権化のような重量打線に逆に「プレッ
シャー」を感じさせたのだ。
野球はメンタルなスポーツだ。些細な「プレッシャー」が迷いを生み、そしてそんな迷
いが、動揺と逡巡と意識の不統一を生む。プロの超一流の選手であったもそれは変わらな
い。一度迷い始めると、もうきりがない。結局のところ、野球とは圧力の掛け合いなのだ。
やがて・・・Gの各打者から威圧感が消えた。細かな仕草に迷いが見えるようになった。
予想外の変化球の出現に戸惑い、一人一人が違う狙いダマを待っているのがわかった。
始めは待球戦法をしていたはずなのに、打者ごとに違う対応を始めた。
 一人一人が勝手なことを始めた打線は「つながり」を失って『点』になる。
 史上最強のミレニアム打線は、わたしの『魔法』で踊りはじめた。
 12時の鐘が鳴るまで、舞踏会の夜は終わらない。


 最後のバッターを三振に討ち取って、わたしはマウンドを降りた。
「るりか先輩! お疲れ様でした!」
 キャッチャーが小走りに駆け寄ってきて、ウィニング・ボールを渡してくれた。二〇〇
センチに届こうかという長身の、分厚い筋肉の鎧を着たような捕手だ。でもマスクをとっ
た素顔は(私がいうのもなんだけど)まだ、あどけない。キャッチャーの吉野雪信君は年
令はわたしより一つ下の奈良県出身。去年の甲子園優勝校の主将で四番。強肩強打の即戦
力捕手として二位で指名された期待のゴールデン・ルーキーだ。
礼儀正しい好青年で、野球選手としてはわたしよりもよほどサラブレットなのに、『彼』
やわたしの事を「先輩」と体育会系の敬語を付けて呼ぶ。
わたしは笑顔で吉野君とハイタッチを交わした。全く今日の試合は吉野君に尽きる。 

再会して、正直驚いた。キャンプから八月まで二軍で徹底的にたたきあげられた彼は真
っ黒に日焼けして、体格も一回り大きくなっていたし、立ち居振舞いや顔つきにも自信が
溢れていた。よほど充実した練習をやってきたらしい。
初スタメンのこの試合で吉野君は二回と六回に盗塁を試みたランナーを二塁封殺し、さ
らに、五回裏に逆転打を打って勝利に貢献した。その上、一体どんな練習をしたのか、キ
ャッチングが「別人」といってよいほど、上手になっていた。元々、ストレートだけなら
140キロだって出せる鉄砲肩の持ち主で、打撃はファームの打点王。素材は申し分ない。
どこから見てもプロのキャッチャーだ。たしかに推薦したのはわたしだけど、まさかわずか
半年でここまで見事な「捕手」に成長しているなんて思いもしなかった。
「けど、ホントにどんな練習をしたの? 凄くなってるんだもん。びっくりしたよ!」
 ベンチに向かって歩きながら、わたしは顔を吉野君の方に向け、ずっと疑問に思ってい
たことを尋ねてみた。
 吉野君ははキャンプの時にも投げ込みの相手をしてもらった事がある。けれど、『るりか
ボール』だけは捕れなかった。そのはずなのに・・・
「先輩が二軍に来た時に必ず声をかけてくれて、色々教えてくれたんです。練習法とか。
他にもミットの動かし方とか、体のさばき方とか。マジに勉強になりました。」
 え? わたしは耳を疑った。初めて聞いた事だったから。『彼』が二軍に練習に行ってる
のは知っていたけれど・・・。吉野君は興奮した様子で話しつづける。
「正直面白なかったです。『敵に塩を送る』っていうやないですか。ましてや同期入団の同
じキャッチャーですよ。情けかけれられたみたいで惨めで。やから俺、先輩に聞いたんで
す。・・・なんでこんな事を教えてくれるんですかって。」
 それはそうだろう。キャッチャーはピッチャーや外野と違って特殊なポジションだ。全
ての試合で全部の投手のボールを一人の捕手が捕る事が理想とされているし、実際一軍に
いる捕手は2人か多くて3人。優れた捕手は10年とか15年もの間、そのポジションを
独占する事もあるから、チャンスを逃すと余程の実力者でも控え選手のままで終わる。だ
から「最もレギュラーを奪るのが難しいポジションの一つ」ともいわれる。ましてやそれ
がプロ球団の正捕手となれば、十二球団700人のプロ選手の中にも、12人しか居ない
わけで・・・その競争の酷烈さは凄まじいの一語だ。
 なのに、同期入団のキャッチャーに、それも恐らく最強のライバルに自分の技術を教え
るなんて・・・何を考えているのだろう!
「・・・彼は、何て・・・」
「『僕に何かがあったら、るりかボールを捕れる奴が居なくなる』と。」
「そ・・・そうなんだ。」
 わたしは動揺した。どうしてその事に動揺したのかわからないけど、胸の奥がざわつい
た。彼らしい事だと思う。わたしの事を心配して手を打っていてくれたんだろうし、吉野
君が一生懸命だから、応援したくなったのかもしれない。
「そっか・・・」
 彼らしい、慎重で抜け目の無い気配りと準備。彼らしい・・・
 吉野君の言葉は、わたしの心の中に「さざなみ」を起こした。それは繰り返し、繰り返
し打ち寄せる波の様に、それはわたしの心を揺らせた。


 試合は終わった。
「・・・・・・」
 少年は両手を握り締めてガッツポーズしている。
「すっごい試合でしたね!」
 だが僕は一緒に喜ぶ事が出来なかった。何か心の奥で引っ掛かっていた。
 少年がようやくこちらの様子に気付いて声をかけてきた。
「楽しく無かったんですか? こんなにいい試合で、しかも応援していたチームがまた勝
ったのに。」
 そうだ。勝った。いいゲームだった。
 小差を継投と堅守で守りきった連夜の競り勝ち。しびれるような勝利だった。
「いや、いい試合だったよ。うん。でも」
 でも、何故か僕は喜べなかった。試合終了の喧騒の中で、僕の胸の奥に湧き出てくるの
は、勝利の高揚ではなく、居心地の悪い不安だった。
「でも、なんか違うんだよな。」
 何か大切なことを忘れているような気がした。どこかに何か置き忘れてきたような。
・・・そんなぽっかりとした空虚が胸の奥に口を空けている。
 何だろう? 僕は何を何処に置き忘れてきたのだろうか?
「なんですか。それ?」
「うん。なんだろうね。わからんなあ。」
 僕はグラウンドを見下ろした。ベンチ前ではお立ち台が用意され、ヒーロー・インタビ
ューの準備が整えられており ――― やがて一塁側の熱狂的なコールに答えて選手が出
てきた。最近一軍に昇格したばかりのルーキー捕手と、7回から登板して好投した小柄な
リリーフ・ピッチャーだった。
「・・・・・・」
 新人の捕手はドラフト2位のゴールデン・ルーキー、吉野雪信だ。五回裏に逆転打を放
って勝負強いところを見せ、二軍の打点王がフロックでない事を証明して見せた。将来有
望な新人だ。しかし、もう一人は?
 ぼくにはどうしてもその選手の名前が思い出せなかった。
どこかで、たしかに・・・
「彼女は新人ですよ。いい投手です。本当に。」
 少年の声がした。振り返ると少年はにっこり笑っていた。
なるほど、と僕は納得した。
 そうか。それでぼくには、あの投手の名前がどうしても思い出せなかったのか・・・。

 ヒーロー・インタビューの途中、お立ち台の上で、名前を呼ばれた新人投手は顔を上げ
た。そして誰かを探すかのように視線を漂わせる。取り囲む記者やインタビュアーへ。ス
タンドへ、スコアボードへ、ベンチの奥へ・・・
 そして・・・
 彼女とぼくの視線は刹那の交錯を残して、すれ違う。その大きな瞳に微かに光るものが
みえた。
 その小さなストッパーは、痛いくらいにせつない表情で、何もない空を見つめていた。




(第五話 完)





あとがき

第五話 長老のあとがき

「るりすと」Wの第五話、(全九話になります。)やっと半分。
 第五回。「対決」編。勿論、るりかが、対決するのはGの超重量打線なのですが、このお
話では、もう一つ別の「対決」も始まってます。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


オリジナル・キャラクター、高卒ルーキー捕手の吉野雪信は、強肩強打の即戦力捕手。
色々迷ったのですが、結局、FDHの某正捕手の入団当時をイメージしました。
エースのウィニング・ショットを確実に捕球できるという能力は、プロの捕手の最低条
件です。YBの正捕手、T捕手は、ヤのF捕手とならぶリーグきっての名捕手ですが、この
T捕手が高卒ルーキーにして不動の正捕手となったのは、当時「ハマの大魔神」と呼ばれて
いた佐々木投手(現シアトル)のフォーク・ボールを苦労の末に捕れるようになり、堅い
信頼関係を築くことが出来たからだといわれています。
 これらのエピソードが、最後の「るりスト」の元ネタになっています。

 まだ半分ですが(ごめんなさい)よければ、続きも読んでやってください。
 願わくば、みなさんの御目が疲れません様に。

                                長 老 頓 首





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