せつなさが炸裂した女・センチメンタル殺人事件


「ふぅ……これで、なんとかなったかな」
 少年は、叩かれた頬を、押さえて、いった。
「****には、悪いことしたな……」
 彼女の涙を、思い出す。
「けど……これで、よかったんだ」
 自分に、言いきかせる。
「あのままは、絶対に、良くない」
 明日は、『約束の日』。
 あの娘のところへと、行かなくてはならない。
 最後の最後に、決心が、鈍らないで良かった。
 あれは、きっと、自分の優柔不断。
 だから、二度と、躊躇わない様に。
 自分に、つよく、いってきかせた。
 自分にとって、本当に大切な人は、
 あの場所に住む、あの娘、唯一だ。
 早朝、夜も明けやらぬ時、家を出る。
 何度も、繰り返してきた、日常風景。
 それは、今度で、最後になる。
 手紙をくれたあの娘に、会う。
 最初の目的を、ようやく、果たせる。
 『あいたい』ただ一言から始まった。
 長い旅も、これで終わる。
 懐かしい再会も、あった。
 しかし、自分にとって、大切なのは、唯一。
 ただ、一人だけ。
 それを、告げる。
 それだけの、旅。
 最後の旅を始めるべく、東京駅へと、向かった。

 だが、その背後を追う、黒い影に、彼は気付かなかった。




「まいったなあ」
 十津川は、そう、つぶやいた。
「代わりの道は、ありませんか」
「あったとしても、ここから、動けないのでは、話にならないよ」
 そう、いった。
 早朝の東京駅で、まさか、足止めを食らうとは、思っても、いなかった。
「タクシーは、使えませんかね」
「馬鹿いっちゃあ、駄目だよ。渋滞に、巻き込まれて、余計に遅くなるのは、目に見えている」
 十津川――『十津川らいた』は元・警部である。しかし、現在は、その名の通り、物書きに身を、窶している。
今回は、編集部に、アサイチで、顔を出さなければいけないのに、東京駅で、このザマだった。
今日の午前中に、原稿を届けなければ、落としてしまう。
 自分で届ける、と意地を、張ったのが、裏目に、出てしまったようだ。
「クラさん、どうにか、ならないかな」
「駅から、出られれば、バイク便で、飛ばすことも、できるでしょうが」
 クラさん――担当の大倉サダヲである。原稿の付き添いなのか、本人の付き添いなのか、今となっては、よく、分からなくなってきた。
「しかし、」
 十津川は、ため息を、ついた。
「なんだって、ぼくたちの目の前で、事件が発見されたんだろう」
 早朝の、東京駅。
 その一角から、絶叫が、響き渡った。
 駅構内のトイレの中、その最奥にある個室に入ろうとした男性が、悲鳴の発信源だった。
 すぐ真後ろに、立ち去ろうとしていた十津川が、いた。
 駅のトイレの中には、悲鳴をあげた男と、十津川、そしてクラさん――手を洗っていた大倉だけだった。
 すぐに、駅員が飛んできて、警察にも連絡が、行った。
 「少し、話を聞かせてほしい」とのことだったが、当然、少し、どころでは、すまなかった。
「十津川警部!」
「……元、だよ」
「はっ、失礼致しました」
 まさか、自分の部下に会うとは、思ってもいなかった。
管轄が、同じなのだから、確率は、無いとも、いえない。
 元部下の、甲斐刑事である。
「まあ、いいよ」
「はい。それでは、お話しを、お聞かせいただけますか?」
「ぼくが、見たことは、殆ど、ないよ」
「それでも、結構です」
 いつもとは、逆の立場に、立っているな、と、思った。
 トイレに来て、悲鳴を聞いた。
 たった、それだけだった。
 しかし、十津川のクセは、抜けていなかった。
「それで、被害者は?」
「……相変わらずですね」
 指摘されて、初めて自分が、警察側の、人間では、無いことを、思い出した。
「クセみたいなものだよ。事件が、目の前で起きているのだからね」
「わかりました。捜査に、ご協力願えますか?」
「一般人が、関わって、良いものなのだろうかね」
 そう、からかう。
「経験と、実績は、お墨付きですから。上の人も、むしろ喜んでくれますよ」
「戻る気は、ないのだけれどね」
「残念です」
 大倉には、可能な限り、原稿を届けてもらう為に、ここから離れて、動いてもらうことにした。
自分で、届けられないのは、心苦しいが、そのようなことを、いっている場合では、ない。
 原稿は、代理でも届くが、事件は、代理が利かない。
 元本職の、性、だろうか。
 十津川は、検察の報告を、聞いた。
「被害者の名前は******。東京都内の、緑ヶ丘に在住です。年齢は18歳、高校生――
春からは、大学生ですね。
凶器はナイフだと思われます。トイレのゴミ箱から、発見されました。指紋は、ありません」
「物盗り、ではないんだね」
 十津川は、聞いた。
「はい。目ぼしい持ち物で、無くなっていたものは、ありませんでした」
「成る程。となると、怨恨、か」
 十津川は、いった。
「何度も、刺された様子が、あります。推定死亡時刻は、午前四時半――始発直前です。目撃者も、探し出すのは、難しいでしょう」
「なんだって、そんな時間に」
「18きっぷですね。札入れから、発見されました」
「成る程。しかし……出発直前とはね」
「それと、このようなものが」
 甲斐は、手袋を嵌めて、手帳を差し出した。十津川も、手袋を嵌めて、それを受け取る。
「普通の、手帳だね」
「はい。ですが、中身に、少々疑問な点が」
「疑問な点、とは?」
 十津川は、手帳を、開く。
 中はごく普通の、カレンダと、スケジュール帳になっていた。
「ほう。確かに、興味深いね」
 少し前の、予定を、見る。
 年始から見てみると、卒業間近だとはいえ、平日は学校に出席しているようで、あまり予定はなかったが、
土日には、予定が、びっしりと、埋まっていた。
 奇妙なのは、その行程にあった。
 先ず、土曜日、日曜日で長崎、福岡。その次の週は、広島、高松。そして三連休になると、京都、大阪を一日で周り、名古屋、金沢、と向かっている。これだけでは、証拠はないが、その日付の入った切符が、財布に残っていた。切符からは、被害者の指紋が、発見され、本人のものである、と確証は取れている。
 さらに、北海道へ飛び、次の週には青森、仙台。そして一昨日は、横浜、と、書いてあった。
 今日の行き先は、書いておらず、『約束の日』とだけ、あった。
「よほど、旅が、好きなんだろうね」
 十津川は、いった。
「いえ、それが、そうでも無いようなんです」
「なんだって?」
「ここを、見てください」
 十津川は、覗き込む。
「そうか。俄かには、信じ難いが、とりあえず、彼女たちに連絡を取ってみよう」
「はい。警部――いえ、十津川さんがお掛けになりますか?」
「いや、ぼくが『警察です』と名乗れば、身分詐称で捕まるよ。君に、任せる」
「わかりました」


 電話で、得られた情報に、嘘はなかった。
 手帳に、書かれていた、連絡先は、12ヶ所、すべて、被害者と同年代の、女性だった。
 他の日程の事は話さなかったが、旅先の女性は、確かに、その日に会った、と、証言した。

 以下は、会った順番の、リストである。
 *便宜上、今年の最初の旅行を一週目とする。
○一週目(元旦)。
 長崎     :遠藤 晶
 博多(福岡) :松岡 千恵

○二週目。
 広島     :七瀬 優
 高松(香川) :杉原 真奈美

○三週目。 (成人の日を含め三連休)
 大阪     :森井 夏穂
 京都     :綾崎 若菜  *京都、大阪で一日。
 名古屋    :山本 るりか
 金沢(石川) :保坂 美由紀

○四週目。
 札幌(北海道):沢渡 ほのか

○五週目。
 青森     :安達 妙子
 仙台(宮城) :永倉 えみる

○六週目。
 横浜(神奈川):星野 明日香


「全国各地、津々浦々、といったところだね」
「しかし、よく、これだけ体力が持ちますね。予定は、今年に入ってから、ずっとこの調子じゃあないですか」
「若いからね」
 十津川は、いった。
「今のところ、学校の関係者よりも、彼女たちの方が、関わりは、深いようだ。なにか、事件のことが、分かるかもしれない。それに、怨恨、といったね。もしも、彼女たちと、複数に渡って、恋人関係にあったとして、このことが、発覚したら、ありえなくも、ないね」
「彼女たちのだれかが、犯人だと?」
「可能性としてだけなら、日本中の誰もがありうるよ」
 もっとも、と付け加える。
「関係のありそうな人物から、調べていくのが、普通だけどね」
 と、十津川は、いった。
「では、北から順に飛ぶことにしよう」
「えっ、十津川さんが行かれるのですか?」
「こんな風変わりなな事件――被害者の行動の理由も、知りたいしね。ああ、勿論、君にも来てもらわないと、困るよ。ぼくは、一般人なんだからね」
「そんなあ」
 十津川は、肩を、叩いた。
「経費は、出してもらえる様に、ぼくから口添えするよ」
「はあ」
 顔は、利くだろう。しかし、彼の仕事の日程は、そうは行くまい。
「有給、残っているんだろう? 使いたまえ。葬式が始まる前には、戻って来たい」
「残っているも何も、正月明けじゃないですか」
 十津川は、聞いてはいなかった。
「ああ、ぼくだ。原稿は無事に届いたの?」
 携帯電話に向かって、喋っていた。
「そう。良かった。ぼくは、これから、しばらく、旅に出るから、編集部の人に、よろしく伝えておいて。……新作? ちょっとは休ませてよ。え、なに? 社長からのオファー? あれかあ……うん、そうだ。自主取材、ってことにしておいて。坂とか、巡ってくるから。そう、テーマは、坂ね。出来れば、調べておいてくれれば、嬉しいなあ」
 泣きそうな顔で、元部下は、職場に、連絡した。



  ≪北海道札幌市≫

「ちょっと、雪、凄いですよ」
 空港の窓からは、雪しか、見えなかった。
「真冬だからね」
「さっさと話を聞いて、帰りましょう」
「帰る前に、あと11都市を回らなくちゃあ、ならない」
「そうですか」
 もう、反論する気力もないようだ。
「ここから、札幌までは、一時間ほどですね」
 待ち合わせの時間には、やや、早かったが、相手は、既に、来ていた。
しかし、一人では、なかった。
ピンクがかった、ツインテールの髪をした少女が、若い男たちに、囲まれている。少女は、やや、迷惑そうな顔をしながらも、断りきれないで、いた。  男性が、苦手なのだろう、と思った。
「まったく」  十津川は言って、近寄った。
「お待たせ」
 十津川は、いった。
「あ、あの……」
 十津川は、目配せして、頷いた。少女――沢渡ほのかも、気付いたのか、話をあわせてくる。苦手なのは、同世代の男か、と思った。
「お父さん」
 十津川が、男たちを一瞥すると、「保護者同伴かよ」と一言残して、男たちは、去っていった。
「大丈夫でしたか」
「あ、はい」
「警視庁の、甲斐です」
「元警部の、十津川です」
 十津川は、名乗った。
「沢渡ほのかです」
 ほのかは、挨拶してから、心配そうな表情で、聞いてきた。
「あの、電話で言われたことって、やっぱり、本当なんですか」
「……残念ですが」
「そ、んな……」
 電話で告げたときも、涙していたが、やはり、警察だ、と目の前で、証明され、真実を告げられると、また、違った悲しみに、襲われたようだった。
「それも、殺された……って」
「……はい」
「誰にっ!?」
 ほのかは、涙声で、叫んだ。
「誰がっ! そんなこと……!」
「それを、知る為に、あなたにお話しを、伺いたいんです。頻繁に、ここまで、出向いていた、ようなので。なにか、知っておられるかと。ほんの、些細なことでも良いんです。なにか、変わったこと、おかしな様子など、ありませんでしたか」
「そう、言われても……」
「今すぐに、この場で、では私たちにも配慮がありませんでした。すこし、場所を移しましょう」
「……はい」
「誰にも聞かれたくないのなら、警察が使えますが、普通の場所で、良いですか?」
「……そう、ですね。北大の中に、あまり人の来ないカフェがあります。……そこで」
「辛い思いをさせて、申し訳ありません」
「……」


 被害者と、沢渡ほのかの関係を、おぼろげながらに知ることは出来た。
 小学生の頃の思い出なども、話しを聞くうちに、少しずつだが、聞かせてくれた。
 『約束の日』については、触れなかった。
「どうですか」
「どうもなにも。まだ、なんともいえないよ」
「あの手帳のこと、知っているのでしょうか?」
「それも、分からない。もし、犯人なら、そのことは、言わないだろう」
「やはり、アレが原因である可能性は、」
「否定は出来ない、とだけ、いっておこう」

 北海道から、青森までは、JRの、特急スーパー北斗とスーパー白鳥を乗り継いで、移動した。
 移動にとても時間がかかり、北海道の広さを、改めて知った



  ≪青森県青森市≫

 実家が酒屋を営んでいるという安達妙子は、店から離れられないらしく、十津川たちが、店まで出向いた。
「お邪魔します」
「いらっしゃいま……」
 甲斐が、店に入るなり、警察手帳を見せた。
「ああ、警察の……」
 事前に、連絡をしてはいたが、やはり、目の前に、現実があると、受け止めきれないものらしい。その場に、へたり込んでしまった。
「大丈夫ですか」
「え、ええ……」
 立ち上がり、店の奥へと、案内された。
「どうぞ」
「頂きます」
 机に置かれたお茶を、一口、のむ。
「やっぱり、あの話……本当なんですね」
「はい……」
「……」
 目を、机に落として、黙り込んだ。
「あいつとは……幼馴染、だったんです」
「そうなんですか」
「小学生の最初に、引っ越して行っちゃいましたけど。……100点満点のお味噌汁、作れた、って、褒めてもらったのに……それが、こんな……」
「十津川さん」
 甲斐が、いった。
「わかっているよ」
 十津川が、答えた。
「お願いです! 犯人、必ず捕まえてください!」
「はい。そのために、私たちが、ここに、来たのですから」
「絶対に……許さないんだからっ!」



「十津川さん」
「ただ二人で会ったってだけでは、なにも、わからないよ」
「そうではなくて」
「ああ、被害者のことだね。確かに、行動だけ見れば、奇妙極まり無いが、義理堅いといえば、義理堅い。幼馴染のところへ、そう毎週毎週、普通は出かけられはしない。被害者が、家庭の事情で、引越しを繰り返していたことが、この理由だったようだね。12都市全て、被害者が暮らしていた過去のある街だ」
「訪れた回数が、尋常ではありませんね」
「そこは、ぼくたちが、首を突っ込むところでは、ないだろう」
「ですが、あの線の怨恨だとしたら、引越しの繰り返しも、理由になってしまうかもしれません」
「複雑だね」



  ≪宮城県仙台市≫

 東北新幹線を降り、仙台駅に到着したが、相手の顔は、知らないので、場所だけが、頼りである。
しかし、待ち合わせ場所へたどり着く前に、背後から、声をかけられた。
「警察の、人、だりゅん? 十津川さん、だよね」
「りゅん? ……ああ、私が、十津川です。永倉さんですか」
 電話口で話した、独特の口調は、今も、変わっていないようだった。
「りゅん」
「ええっと。甲斐です」
 甲斐は、警察手帳を、見せる。
「じゃあ、やっぱり……ダーリンは……」
「残念ですが……」
 甲斐が、顔を伏せた瞬間、
「ふ……ふぇ〜〜〜んっ!!!」
 えみるは座り込んで、泣きじゃくりはじめた。
「うそだぁ〜〜〜〜っ!!」
 周囲の人を、気にせずに、叫ぶ。
「ねぇっ! 嘘だって、いって!」
「えみるちゃん。お話し、するんでしょう?」
 一緒に来ていた、母親が、えみるを抱き起こす。
「ううっ……ひっぐ……」
「あの日から、ずっとこんな調子で……。お力になれるかどうか……」
「いえ……。私たちよりも、えみるさんのことを、心配してあげてください。私たちの配慮が、足りなかったかもしれません」
「感情の起伏が激しい子なので……。しばらくしたら、落ち着くと思います」
「彼女に、無理の無いように、してあげてください」
「はい……。ですが、やっぱり……」
 どうして、えみるに警察が話しにきたのか、それが、疑問に思えるらしい。
「そんなことはありません。あの少年と、親しくしていた人全員に、なにか変わったことがなかったか、訊ねています」
「えみるから聞いた話しで良ければ、えみるが話せるようになるまで、お話しします」
「ありがとうございます」


 東京へと向かう、新幹線の車内で、二人は話す。
「条件としては、彼女も、他の二人と、同じだ」
「そうですね」
「全員に会ってみないと、被害者との関係はわからないな。まあ、女の子が、他の女の子のことを、知らないのは、おそらく確かだろうね」
「ええ。となると、もし知ってしまった場合は……」
「可能性は、若干、高くなったね」
「まだ確定は出来ませんか」
「当たり前じゃないか」




  ≪東京駅≫

「やっと、東京に、戻ってきましたね」
「まだ、三分の一しか、終わっていないよ」
「葬式までに、間に合うでしょうか?」
「わからないな。思いのほか、移動に、手間が取られる。話を、聞いているだけでも、半日、かかるからね」
「葬式には、彼女達は来るでしょうか」
「来るだろうね」
「そこで、出会うかもしれません」
「出会ったとしても、関係を名乗らければ、わからないよ。東京での知人と思うのが普通だろう」
「そうだと、いいのですが」

 唐突に、被害者の母親から、意外な証言が得られた。
 時間を、惜しんで、急な日程を、組んだ為、出発前に、母親と、連絡をとることが、できなかった。戻ってきたときに、ようやく、都合がついた。
「知らない女性が?」
「はい。あの日の、前日だったでしょうか……」
「本当ですか」
「ええ。……会いに来て、くれていたみたいですが、留守だとわかると、名前も告げずに、去って、いきました」
「名前も、ですか?」
「本人に直接、会いたいから、また来る、といっていました」
「その人物の容姿や、特徴など、わかりますか」
「いえ……。はっきりとは、憶えていないんです。会えば、わかるかも、しれませんが……」
「そうですか……」
 12人のうちの、誰か、だろうか。
 無関係かもしれない女性の写真を、見せるわけにも、いかない。
「わかりました。貴重な意見、ありがとうございます」
 少しだけ遅れて、連絡をとって、よかったかも、しれない。
 知らせたばかりでは、おそらく、今のように、表面だけでも、冷静に、話をすることはできなかっただろう。
「残りの誰かが、会いに、やってきたのでしょうか」
「わからないよ。高い可能性とはいえないが、会いにきた人物が、犯人なら、『会った』とは、言わないだろうね」
「会った人物を、特定できれば、いいんですが」
「そう簡単には、いかないだろうね」



  ≪神奈川県横浜市≫

 翌日、朝早くに、京浜急行の赤い特急列車に乗って横浜へと向かった。
 乗り換えが無いので、新幹線で行くよりも、早く着く。

「お待たせしました」
「……ホントに、ホントなんですか!?」
「はい……」
「嘘じゃ、ないんだ……」
 星野明日香は、ため息を、ついた。
「……会ってすぐに、だなんて」
「お察しします……」
「何か、おかしな行動や、気になることはありませんでしたか?」
「そういわれても……」
 考え込んで、あっ、と声を、あげた。
「先週かな、電話が、繋がらなかったの」
「留守電ですか」
「うん。それで、返事は帰ってこなくて……。けど、あの日に、会って、デートした、から」
「そのことは気にしなかった、と」
「気にならなかった、かな」
「その日はどこへ?」
 十津川は、聞いた。
「え。そんなことまで、いわなきゃ、いけないの」
「お話しできる範囲で、結構です」
「んー……。映画に行ったの。昔に、約束してたんだけど、彼、引っ越していっちゃったから、結局、見られなかった……。それが、リバイバルで上演してたから、二人で一緒に見に……うっ……っく……」
 言葉を詰まらせ、涙が、零れる。
「そ、それで……」
「無理して、言わなくて、構いませんよ」
「うん……。でも、少しでも、いった方が、役に、たつんでしょ?」
「はい。……お願いします」
 明日香の証言は、嗚咽交じりだったが、それでも、はっきりと、聞き取れた。



「連絡が取れなかったのは、おそらく、地方に、行っていたからでしょう」
「そうだね」
 十津川は、いった。
「あまり会えない、と言っていたね。こんなに、近くに住んでいるのに、と。やはり、他の女の子のことは、知らないようだね」
「距離的には、彼女が、東京に最も近いですよね」
「距離なんて、どうにでも、なるよ。いまどき、飛行機や新幹線を使えば、日本全国、どこでも日帰りできるよ」
「それはそうですが……」
「それで、」
 十津川は、聞いた。
「鑑識からは、何て?」
「手帳のことですね」
「ああ」
「鑑定の結果では、被害者以外の指紋が検出されたそうです。大きさから判断して、女性のものである可能性が極めて高いですね」
「犯人が、女性だと、決め付けるわけでは無いが、あの手帳を見た人間が、怒りのあまり、殺してしまった。動機として、考えられなくも無い」
「手帳に名前のあった12人の指紋と、照合してみます。機会としては、彼女たちが手帳を見たという可能性はありますからね」
「頼むよ」




  ≪石川県金沢市≫

「あの人とは、中学二年のときに同じクラスでした」
 保坂美由紀は、いった。
「私が、苦手だった着物を克服できたのも、彼の、お陰です」
「実家が、呉服屋でしたね」
「はい。東京の大学に、受験を決めたから、今度は、私から、会いに行くね、って……いったんです」
「そうだったのですか」
「それなのに……」
 美由紀は、顔を、俯ける。
「どうして、あの人が……」
 そして、続ける。
「私に、何か出来ることは、ありますか?」
「ご協力いただけますか」
「はい。……あの人が、どうしてこんなことになったのか、知りたいんです。誰が、こんなことをしたのか……」
「お願いします。警察も、全力を尽くします」



 十津川たちは名古屋へ向かった。名古屋で暮らしている、山本るりかに話を聞くためだ。
 金沢から名古屋へは、JRの、特急しらさぎに乗った。
 真新しい白い車両は、音も無くすっと発車したかと思うと、あっという間にスピードをつける。
 名古屋までは約三時間。車内で、考え事をする時間は、十分にある。

 十津川たちは、引いては寄せる冬の日本海の荒波を眺めながら、今までのことを、考えてみた。
「誰か一人だけが、特別な情報を持っている、というわけではないようですね。全員平等に、接している。そんな風に、思えましたが」
「今のところは、ね」
 十津川は、いった。
「誰も、どの情報を、自分以外の女性が持っていないのか、いや、『自分以外の女性の存在』にすら、気付いていない。だから、仮に特別な情報を、持っていたとしても、有力な手掛かりにはなりはすれ、決め手には、ならないよ」
 ただ、と付け加える。
「もしも、手帳を読んだ人物が犯人で、仮に、あの中に、犯人が居たとしようか。それならば、自分だけが特殊な条件の下で、被害者に会っている、という情報は、隠すだろうね。だから、結果として、全員の情報が、同じようなものになってしまうのは、仕方がないことだよ」
「計画的なものではなく、突発的なものだったら、そうはいかないんじゃあ、ないですか?」
「どうだろうね。全くの無計画とは、思えない」
「どうしてですか?」
「犯行時刻だよ。始発直前に殺害するには、被害者の後をつける必要があるし、そもそも彼がトイレに行ったのが、偶然だということも、考えられる。トイレに行かなければ、どうしていたんだろうね。いずれにしても、犯人は、犯行前日に、被害者と接触していた、と考えるのが妥当かな」
「となると、前日に会った、星野明日香が?」
「それは早計だよ。前日に会っていた、といっても、夕方までだろう? 彼女と会ったのも、昼からだ。まだ何も、材料すら集めきれていないんだよ、僕たちは」




  ≪愛知県名古屋市≫

「夏じゃなくって、良かったな、って思います」
 山本るりかは、いった。
「夏?」
「ウィンドサーフィン、やってるんです、私。夏だったら、きっと、何もかも忘れる為に、ウィンドサーフィンやって、取り返しのつかないことに、なっていたかもしれません。メンタルなスポーツですから……夢中になって、そのくせ、不安定だから、溺れてたかも」
 るりかは、いった。
「彼とはね、小学校六年のときに一緒だったんです。ほんの、少しの間だけでしたけど」
「彼と会ったのは、再会したのは、という意味だけれど、いつですか」
「今年の、春。偶然ね、訊ねて来てくれて、バイトで、私が、缶ジュースの箱を、ぶちまけて、それを、拾ってくれたのが、彼。訊ねてきてくれるような気は、してたんだけど、まさか、って」
「偶然、ですね」
「そんな偶然が、嬉しかった」
 それでね、とるりかは、楽しそうに、いった。
「小学校のときに、割っちゃったアンモナイトの化石も、きちんと元に、戻せて……。名前、入れてもらったんだよね、あれに。……すごい、大切な、思い出なんだ……」
 アンモナイトのことは分からなかったが、るりかが、思い出を、全て話してしまいたい、と思っていることは、分かった。十津川も、甲斐も、ただ、聞き役に、徹していた
。「また、会える、っていってたのになあ…… あはっ」
 そこで、言葉は、途切れた。
「山本さん」
「……大丈夫だよ」
 るりかは、笑顔を、浮かべた。



「やっぱり、予想通りでしたね」
 翌朝、京都へと向かう新幹線の車内で、甲斐は、いった。
「予想通りだからといって、おろそかにするわけにはいかない」
「わかっていますが」
「これで、ようやく半分だな」
「葬式の日に来るのなら、その日に聞いても、よかったんじゃないですか?」
「それでは、きっと、遅いんだ」
「どうしてですか?」
「ただの通り魔殺人ならば、心配しなくて良いことなんだが、仮に、例の手帳絡みの怨恨だった場合、犯人は彼女たち全員を、知っているはずだ。顔は知らなくとも、名前を知っている。怨恨の矛先が、被害者だけではなければ、葬式に集まった彼女たちにも、恨みを抱いている可能性は、ある」
「地方にある彼女達の自宅に、直接行く、とは考えられませんか?」
「それは、ありえないだろう。たとえ電話で言っても、警察の僕たちでさえ、即座に信用してもらえなかったくらいだ。僕たちだって、地元の警察を通して、やっと彼女達と会って話を聞く約束を取り付けたんだろう?」
「ああ、確かに、そうですね」
「だから、どうしても、葬式までに、話しを聞かなければ、ならないんだ」




  ≪京都府京都市≫  京都駅へ着くと、春も近いというのに、雪が降っていた。
 ただでさえ観光客の少ない時期なのに、ますます寂しい街に見える。

「あの方と……、最後に、お会いできたのは、ほんの数時間だけでした。時間が無いのに、わざわざ、寄っていただいて……。あの時は、本当に嬉しかったです。それが……」
「数時間だけ、ですか」
 大阪、京都、と一日で通り過ぎたような日程を、綾崎若菜は、知らない。
「はい。それが、最後になるなんて……。あの方が、何を、したと、いうのです」
 若菜の目から、涙は、流れなかった。  その代わり、強い怒りを含んだ視線が、真っ直ぐに、十津川を、貫いた。
「彼に、変わったところは、ありませんでしたか」
「いえ、私の、わかるようなことは、ひとつも」
「何か、ほんの少しでも良いんです」
「そういわれても……」
 若菜は、考えこみ、
「申し訳ありません。思い当たることは、ありません……。まだ、ショックで、頭が、はっきりしていないところも、あるかと思います……。何か、思い出せれば、ご連絡します」
「お願いします」
「あの方には、」
 若菜は、いった。小さな、声だった。
「たくさん、頂きました。……私が冒険できるような、そんな勇気も、頂きました。それなのに、私は、なにも、返せなかった……。そればかりが、悔しい……」
「綾崎さん……」
「もう、何も……返せないなんて……。私から、奪わないで……。刑事さん、私では、力になれないかもしれませんが、それでも……」
「わかりました。真相を、見つけてみせます。こんなことをした相手を、見過ごすわけには、いきませんからね」




  ≪大阪府大阪市≫

「ずっと待ってるんじゃなくて、あたしが、追いかけていけば、よかったんだ……」
 森井夏穂は、いった。
「それなら、こんなことにはならなかった……」
「貴女のせいではないですよ」
「そんなこと、わかってる。だけど、誰かのせいにしなきゃ、耐えられないよ。あたしが後悔しても、意味無いことも、わかってる。だけど……」
 顔を、伏せる。
「もう、走る意味が、ないじゃない……」
「陸上部、でしたね」
「そうよ。あたしは、やっとわかった。なんで、走ってたのか。どうして、走るのが、好きだったのか……。それなのに、あいつは、もう、いない。あたしのゴールは、どこかに消えて行っちゃった……」
 夏穂は、どうしたら、いいのかなあ、と天を、仰ぐ。
「ねえ、刑事さん。犯人捕まえて、どうするの?」
「……法が裁きます」
「あたしは、なにも出来ないんだよね」
「……」
「だからさ、これは……事故なんだよ。事故……。不運な、事故……。あたしが、足を怪我して、レースに出られなかったときみたいに、運が悪かったんだ……。犯人がもし、見つかっても、あたしには、教えないでね」
「……しかし」
 甲斐は、いった。
「教えてもらったら、絶対に、憎んじゃうから。それに、それだけじゃ、収まりそうに無い……」
 十津川は、頷いた。
「あいつが来たのは、土曜日だったかな……。朝に来て、昼過ぎにはもう、行っちゃった。よっぽど、急いで、帰らなきゃならなかったんだ」
「数時間しか、ここにいなかったんですからね」
「それからね、事件があった前の夜に電話したんだ」
「本当ですか」
 十津川は、いった。
「だけど、やっぱり留守電だった」
「ええ」
「だからね……どこに行ってたのかな、って、いつものことなんだけどね。妙に、胸騒ぎが、した。それだけ、っていえば、それだけ、かな」
 妙に、冷めてしまった目で、夏穂は、いった。



「留守電のことですが……」
「ああ。彼女のメッセージは、入っていなかった、だろう?」
「はい。メッセージを入れずに、切っただけでしょうけれど」
「そのことはどちらにしても、あまり重要では、ないよ。それよりも、」
 と、十津川は聞いた。
「今までの指紋は、全て鑑識に回してあるんだろうね」
「はい。照合までは全て終わっていませんが、明日中には全て終わるだろう、とのことです」
「あくまでも、それは参考にしか過ぎない。仮に指紋が出たからといって、それが凶器なわけではないのだからね」
「話を聞く口実には、なりますね」
「そうだな。」



  ≪香川県高松市≫

 岡山で新幹線を降り、高松行きの、特急しおかぜに乗った。
 しばらくすると、列車は瀬戸大橋を渡り始めた。
 潮風を感じてみたいのだが、特急車両なので、窓を開けることができない。

 「彼はいったい何回、彼女に会う為に、この橋を渡ったんでしょうね」
 ふと、甲斐がつぶやく。
 「もう二度と、渡ることは無いさ」


 杉原真奈美は、病院に、いた。
「申し訳ありません。お体の具合が悪いのに……」
「いえ、元々ですから。それに、最近では、だいぶ、良くなってきたんですよ」
 しかし、彼女の体からは、生気を全く感じなかった。
「真奈美が、どうしても、というものですから。悪化させるようなことに、ならなければ、いいのですけれど」
「私たちからは、聞き出しませんよ。彼女が、自分から、話せるところまで、聞かせてもらえれば」
 真奈美は、最初、彼の死を聞かされたとき、ショックで二日間、寝込んでしまった。
 体調も、同調するように悪化し、かなり、深刻な状況に、なってしまったらしい。
 主に、精神的な部分での、影響が多い、と主治医は、いった。
「あの人は、私に、翼をくれたんです。もう、怖がらなくて良いよ、って……」
 真奈美は、いった。
「だから、もう、怖がりで、泣き虫は卒業したのに……。でも……」
 続きは、なかなか、出てこなかった。
「ずるい……です。あなたが、私を、どうして、泣かせるんですか……」
 真奈美と、被害者の関係は、一方的に依存していると――精神的に、依存していると、思った。真奈美は、彼には何一つ、おかしなところなど、なかった、といった。
 真奈美もやはり、他の女性のことは、一切知らないようだった。



  ≪広島県広島市≫

 十津川たちは、緑色に塗られた、いかにも年代を感じさせる路面電車に乗り、厳島神社のある宮島へ向かっていた。
「どうして彼女は、市内から大きく離れたこんな場所をいってきたのでしょうか?」
「さあね。でも、彼女にとって、なにかとても、大切な場所なのかもしれないよ」
 と、十津川はつぶやいた。


「私は……どうしていいのか、正直、分からないよ……」
 そう言って、七瀬優は、目を、伏せた。
「彼と出会ったのは、本当に偶然に、ううん、運命的、かな……再会したときも、そうでした」
 最後に会ったのは、随分前なので、おかしなことがあったか、と聞いても、おそらく意味は無いだろう、と考えた。となると、やはり、被害者との関係を聞いたほうが、よさそうだった。
「……私自身、あんまり街に居つかないから……、この事を知ったのも、少し後でした」
 だけど、といった。
「知ってからは、もうどこにも、行く気力は、無くなって……。行く意味が、無いから……」
「最近、電話か何かで、彼と話しましたか?」
「いえ……。いつも留守電で……。不思議と、私が居るときには、かかってくるんですけれど」
「彼の普段の行動は、あまりわかりませんか」
「たぶん、バイトで忙しいんだと思う……。それ以外は……ちょっと」
 優は、いった。
「私が、東京をあまり好きじゃないからかな……。会うのは大抵こっちで……」
「広島ですか」
「そうです」
「……もう、いいですか?」
「え、ああ。お時間取らせて、申し訳ありませんでした」
「時間は、別に構わないんですけれど……。彼のこと、イヤな感じで、思い出してしまうから……。今は、悲しい思い出に、変えたくないんです……」 「……すみません」 「いえ、いいんです。もう……」
「もう、あまり時間がありませんよ」
「わかっている。葬式の日取りを伸ばすことまでは、流石にできないからね。最悪、九州の二人には、飛行機の中と、列車の中で、話しを聞くことになりそうだ。本人には、話をしに行く、とは伝えてあるんだね?」
「はい。念のため、隣の席は確保してあります」
「ご苦労さま」



  ≪長崎県長崎市≫

「飛行機の中で、こんな話なんて、気が、滅入るわね」
 遠藤晶は、いった。
「申し訳ありません……。時間が取れず、お葬式の前日に、こんな話を……」
 結局、葬式の前日に、長崎空港で、晶と、待ち合わせ、機内で、話を聞くことになった。最後の一人、松岡千恵は、同じく博多空港から、東京へと、向かっている。彼女とは、空港から、警察の車両で迎え、そのなかで、話をする予定に、なっている。パトカーではなく、普通の車だ。
「別にいいわ、真実を、知りたいもの。私の話でよければ、力になるわ」
「ありがとうございます」
「本当なら、私はウィーンに良く予定だったわ。だけれど、彼が居たから……やめにしたわ」
「ウィーンに?」
「ヴァイオリンを習いにね。ヴァイオリンにしたって……彼の影響が大きいわ。続けられた理由も、そうだし、きっと、ここまで成長できたのも、彼のお陰だと、思う」
「そんな人だったんですか」
「ええ。見かけとは、違うのよね」
 一人一人に会って回った理由は、被害者の人となりを知ることが、主な目的だった。こうして、関係の深い人物から、聞く話は、やはり、重みが、違うように、思われた。
「だから、こんなことがあったのは、絶対に、許せない」
「私たちも、全力を、尽くします」



  ≪福岡県博多市≫

「犯人は、まだ、掴まってないんだね」
 松岡千恵は、苛々しながら、いった。
 広いとはいえない、車の中で、話をしている。
「時間が時間だったもので、目撃証言も、満足に得られていないのです」
「こういうときのための、警察じゃあ、ないの」
 それに、と制服を着た千恵は、いう。
「こんなぎりぎりになって、彼の話を、きかせろ、だなんて」
「……ご協力、ください」
 甲斐は、いった。
「わかってるよ。そのつもりがなきゃ、会わないだろ」
 十津川は、聞いた。
「彼とは、頻繁に会っていたのですか」
「頻繁、ってわけじゃあないけれど、距離を考えると、頻繁、といって、良いんじゃないかな」
「というと、月に、一度くらい?」
「だいたい、それくらい……かな」
「おかしなところなど、気が付きませんでしたか」
「電話が、留守電なのは、いつものことだし……特に、気付かないよ。だいたい、最後に会ったのは、正月なんだよ? ひと月もまえの、細かいことを、憶えているわけ、ないじゃないさ」
 千恵は、いった。
「一度、あたしも東京に、行ったことがあるけど、二回目が、こんな形なんて……酷いよ」



「しかし……よくこれだけの日程をこなせますね」
「ああ。それには、驚いた。そうとうな体力がなければ、やってはいられない」
「となると、やはり犯人は……」
「全く知らない相手では、無いだろうな。抵抗したあとはなく、正面から、だったからな……。顔見知りならば、たとえ、女性でも、一突きに出来るだろう。そんなことをされるとは、思いもしなければ、なおさらだ」
「それでは、」
「最初から、物取りや通り魔の線は薄かった、ということだ」



  ≪東京都≫

「どうですか」
「そうだな……。彼女達の中で、誰一人、前日に東京に来た、といった人物は、居なかった」
「ええ。それに、あの電話は……」
「それが、一番気になるね」
 一旦、捜査本部に戻り、十津川は、自宅に、帰った。しかし、帰るなり、連絡が入り、呼び戻された。
 ある電話が、十津川の渡した連絡先に、かけられてきた。
 12名のうちの、一人から、かけられた電話の内容は、驚くべきものだった。
 実は、事件直前に、被害者から、別れを告げられていた、というものだった。それにショックを受け、激怒した彼女は、東京まで、出向いていこうと、考えたといった。
 しかし、実際には、東京へは行っておらず、出発前日になって、例の話を、聞かされた。
 怒りをぶつける相手を、失ったことで、悲しみが、さらに、深まってしまったようだった。
 だが、驚くことは、それだけでは、終わらなかった。
 ある一人を除き、同じような内容の電話が、かけられていた。
 その11人全員が、被害者から、別れを、告げられていたのだった。
 しかし、誰一人として、前日に東京へは、行っていない、といった。
 最後に会った日が、別れの日だった、という。
 もちろん、告げられなかった残りの一人も、東京へは、行っていない、といった。
「それじゃあ、被害者の家を、訪ねてきた女性は、一体、誰だったのでしょう」
「電話を掛けてきた人物が、嘘を、ついていない、とも限らない」
「それでは、どうして、あんな電話を」
「隠し事をしたまま、葬式に、出たくはなかった、と考えるのが、一番だろうね。もしも犯人なら、そのことを告げて、自分が怪しまれるのではないか、と考えてしまうだろう」
「ということは、11名の中には、犯人は、いないと」
「それも、まだ、わからない。逆に、残りの一人も、同様だ」
 十津川は、いった。
「ところで、指紋の鑑定はどうだった」
「まもなく、届く予定です。先ほどの遠藤晶、松岡千恵の分も、既に回してあります」
「わかった」



  ≪別離≫

 葬式は、静かに行われ、12人も、互いに名乗ることも無く、互いの事を詮索することもなく、時間は過ぎていった。
 雨が、降り出した。
 雨が降っても、最後まで、彼女達は、動こうとは、しなかった。
 最後に見た、被害者――少年の顔を、忘れまいと、刻み付けているようだった。
 雨が、強くなった。
 見かねた人が、彼女達を、ひとまず、雨のかからないところへ、促した。
 光を失った目で、重い空気に、彼女達は、身を、落としていた。
 一人、やがて一人、と濡れた身体を心配されて、その場から、動かされる。何もせずに、従った。
 その場は、そこで、幕を閉じた。
 夜道、雨の上がったばかりの道を、歩いていた。
 彼は、どうして、あんな目に、遭ってしまったのだろうか。
 訊ねても、答えが、出ることは無い。
 思い出だけになってしまった、あの顔を、思い出す。
 もう一度、会える約束をしたのに。
 今度こそ、言えると、思ったのに。
 会いに来てください、と今度は、名前を書いた手紙を、出せたのに。
 あの時とは違う、名前を書く勇気を、貰ったから。
 それなのに……。  どうして……。
 あの場に集合した、11人の女の子達。
 あれは、誰だったのだろうか。
 一瞬だけ、そう思ったが、そんなことは、もはやどうでも良かった。
 言葉を交わすこともなく、目を合わせることもなく、ただ、同じ悲しみに包まれていることだけは、わかった。




  ≪終幕≫

 夜道は、何も、答えてはくれなかった。

 ひた。

「……?」
 何かの気配を感じて、立ち止まる。

 ひた。
 気配も、立ち止まる。

 すこし、早足になって、歩き出す。
 脳裏に、浮かぶのは、彼の顔だった。
 誰かに、追われている。
 それは、わかった。
 どうして、一人で出歩いてしまったのだろうか。
 後悔しても、もう、遅い。
 一刻も早く、ホテルに戻らなければ。

 ひた。  ひた。

 振り向く勇気も無いまま、足早に歩く。
 しかし、その瞬間。
 視界が一瞬、失われた。
 何が、あったの!?
 全く、分からなかった。

「大丈夫か!?」
「……え?」
「無事のようだね。そっちは、どうだ」
「確保しました。取り押さえています」
「な、何が……」
「もう、大丈夫だ」
 わけの分からないまま、十津川は、彼女を、支えて、車に、乗せた。
 運転手が、警察手帳を見せ、送ります、といった。
「説明は、後から、するよ」
「……はい」

 取り押さえられた女性は、泣き崩れていた。
「どうして……」
 消えそうな声で、言う。
「どうして、あの子なのよ……」
「それを、話してくれますね」
 十津川が、いった。
 からん、と、ナイフが、地面に落ちた。

「どうして、こんなことを」
「……彼がいけなかったのよ。私を……私だけを愛していると言ってくれたのに……。あの日、彼が、私の部屋に自分の手帳を忘れて帰ったりしなければ、こんなことにはなりはしなかった……」
 13人目の女は、そう、いった。
 東京の、女だった。
「ほんの、気紛れだったわ。どんなことが書いてあるのか、ちょっとだけ、気になって、見てみたの。そうしたら……」
「他の女性たちの事が、あったわけですね」
「はい……。その日は、すぐに、手帳を、届けました。一晩経っていれば、読まれた、と思うかもしれませんが、走って追いつけた距離だったから、そうは、思わなかったんでしょうね。手帳のことには、一切、触れなかったわ」
「問い詰めたり、しなかったんですか」
「したわよ。だけど……何も、答えてくれないんだから」
 彼女は、地面に、へたりこんだ。


「どうして、夜に、襲ってくると、考えたのですか。それも、彼女を」
「いや、彼女だと、確信をもてたわけじゃあ、ない。全員に、見張りをつけていたよ。もっとも、一番危険と思われたのは、彼女だったけれど」
 十津川は、いった。
「手帳の指紋は、12人のうちの、どれでもなかった。それも、参考にはなったけれどね。12人全員に、見張りをつけていれば、仮に誰かが犯人で、選ばれた一人も、殺してしまおう、と思ったのなら、特定は出来ない。逆に、襲われる可能性も、あった。見張りと同時に、護衛もかねていたわけだよ」 「それにしても……」
「全く、無関係な場所から、浮かび上がってきたわけじゃあ、ないんだよ」
「どういう、ことですか」
「訊ねてきた女性がいた、と、いっただろう。あれが、彼女だったんだ」
「彼女とは、どこで?」
「彼のバイト先の、女性だったそうだ。詳しい話は、彼女から聞かなければ、わからないが、取り押さえたあと、手帳を見せたら、泣き崩れてしまった。あの夜だけの犯行ではない、と、あとから証言したよ」
「まさか、13人目の女性がいたとは……」
「考えられないことも、ないよ。彼は、三年も東京で暮らしていたし、小学校入学以前にも東京で暮らして居たことがあったんだそうだ。そういうことも、ありえるだろうね。」
「なんといいますか……」




  ≪あなたに……≫

「最後の手紙……あれを読んだときに、私は、私の中の何かが、壊れたわ。読むんじゃなかった、手帳も、見るんじゃなかった……そう、何度も後悔した。だけど、それとは裏腹に、感情は、止められなかった。私は、あの女性に、奪われてしまった……たった、一つの手紙のせいで。あんなものなければ、何事も、なかったのよ……」
「貴女は」
 十津川は、いった。
「他の女性も、同じように、いえ、それ以上に、悲しい思いを、しています。奪われた――それも、理由もわからずに。彼の命は、突然に奪われたんですよ」
「いいじゃない……」
 女は、いった。
「何も知らないほうが、きっと、幸せだった……。騙されてたんだわ、きっと。みんな……」
「それは、どうですかね」
「何よ」
「彼は、たった一人だけを、選んでいたようです。他の女性には、皆、きっぱりと、別れを、告げていますよ。傷つかなかったはずは、ありません。ですが、それでも、騙されていたと、思うんですか」
「そ、んな……」
「じゃあ、私のした事は、いったい……なんだったの……」
 涙が、雨上がりの道路に、一滴、落ちた。



                       (完)






〜 ごまさんあとがき〜

随分前に投稿した、ごまです。
KAZさんのカキコミをみて、思わず爆笑(?)したので、悪ノリに近い事をしてみ ました。
十津川ネタで、書いちゃいました。

……以上です(汗)。
悪趣味かもしれません。 寝台特急でも何でもありませんが、なんか『そんな感じ』の文章です。
ある意味、センチ2の始まりとでも言いましょうか……。
あと、『選ばれた一人』が誰かは、ご自由にw
幾らなんでも、ヒロインを犯人には、出来ませんよね。 ファンの人に殺されそうです(ぇー





〜今日のお話〜

  いつも掲示板を御覧頂いている皆さんでしたらもうお気づきでしょうが、
私は西村京太郎ファンです。
最近はそれほどでもないのですが、昔の作品はよく読んでいました。 時刻表トリックものや夜行列車ものが好きでした。


さて、ごまさんの大作「せつなさが炸裂した女」ですが、もし、西村氏が書いていたとしたら多分、
「主人公君は最後の一人に別れを告げるため(結局、思い出の彼女たち12人全員には別れを告げ13人目の彼女を選んだ)東京駅に立ったところを殺され、
13人目の彼女が己の馬鹿さと罪深さを悔いて号泣するところでラストシーン」でしょうなぁ。


でも私もセンチファンの一人なので、ごまさんの終わらせ方、「12人のうち、誰かを選んでいた」って終わり方の方が好きです。

 センチヒロインの誰かが犯人ではなくてホッとしております。(;^-^)

   ごまさん、面白い作品をありがとうございました!


                    (KAZ)




(2004/09/15)




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