雪祭りの夜に
私は涙を流しながら遠ざかっていくトラックを見送っていた。 トラックには転校して行くあの人が乗っている。そのトラックが見えなくなってからも、私はその場に佇んでいた。 傍の高台の上ならトラックはまだ見えていたはずだけど、私はそこに上がるわけにはいかなかった。 高台の上ではあの子が、あの人を見送っていたからだ。 ここにいることをあの子に見つからないように、私はそこから動けなかった。 小学5年の春、仙台から引っ越してきたあの人はすぐに私達のクラスに溶け込んだ。誰とでもすぐに打ち解ける、すごく話しやすい男の子だった。 遠足で行った牧場で起きたある事件で、あの人は一躍クラスのヒーローになった。そして事件の当事者であるあの子とあの人とを急速に近づけていった。 事件をきっかけに、二人は交換日記を始めていた。 二人はそれを秘密にしていたけど、それに気付いた私は二人を思い切りからかってあげた。 あの子のことだから、そうすれば交換日記なんてすぐに止めるだろうと私は思っていた。 でも私の予想に反してあの子は止めようとはしなかった。 「男の子なんて大嫌い」なんて言っていたあの子が…。 でも最後の交換日記を渡そうとしていたあの子に、私はあの人の出発時間が早まったのを伝えなかった。 昨日の夜、あの子に電話をしていたら…いや、あのとき自転車を走らせれば…もしかしたら、間に合ったかも知れない。 でも結局、私はあの子に最後の交換日記を渡せなくしてしまった。 私はあの子の親友だと思っていた。 いや、実際そうだと思う。それなのにどうしてあんな意地悪をしてしまったのか…。 私はしゃがみ込んだまま膝を抱えてただ涙を流していた。 あの子に対する罪悪感。それよりも転校して行くあの人に「さよなら」の一言さえ言えなかったことが私は無性に悲しかった。 ……また、あの夢だ…。 ベッドで上半身を起こして、私はさっきの夢の内容を反芻していた。 久しく見ていなかったあの夢を、最近また頻繁に見るようになった。 いけない、もうこんな時間。 私は大急ぎで着替えて学校へ向かった。 「ねえ、明日はいつもの場所で待ち合わせでいい?」 昼休み、私はこの子に声をかけた。 今、札幌は雪祭りのシーズン。 小さい頃から、この時期にはこの子を含めた友達と誘い合わせて雪祭りを見に行くのが恒例だった。 でもボーイフレンドと二人で行くって言う友達が中学の頃から一人抜け、翌年は二人抜けて、そして…。 「ごめん、明日はちょっと予定があって…」 とうとう、今年はこの子も一緒には行けなかった。 翌日夜、仕方なく一人で大通り公園に出て立ち並ぶ雪像を眺め歩いていると、人ごみの中にあの子の姿を見かけた。 その隣には男の子の姿が…あの人だった。 あの子が男の子と付き合っているって噂が立ったとき、最初私は信じられなかった。あの子の男嫌いは昔からちっとも変わっていなかったから…。 でも相手があの人だと聞いて私は納得した。 あの子は昨年の春に、今は東京に住んでいるというあの人と偶然再会して…それ以来、時々会っているということだった。 ちなみに、あの子の噂に「東京の」男の子と付け足したのは実は私だったりする。 最初、あの子はそんな風に噂されるのをすごく嫌がっている様子だったけど、すぐに気にしなくなった。慣れってつくづく恐ろしい…。 あの人の隣で笑顔を見せるあの子を見ていると、私はなぜか胸が痛んだ。 やがてあの子はバッグがら何かを取り出した。あれは…。 あの子が取り出したのは古びたノートだった。あの日、私が渡せなくしてしまったあの交換日記…。 二人とも私には気付いていなかったけど、私は居たたまれずその場を離れた。 雪祭り会場をどれくらい歩いたのか、気が付くと目の前にあの子がいた。なぜかあの人はいなかった。 「あ、ほのか…」 今更逃げ出すわけにもいかず、次に私の口をついて出たのは…。 「例の彼は、一緒じゃないの?」 何てことを話題にするのよ、と自分で呆れながら私はそんなことを口にしていた。 そんな私の心の内を知るよしもなく、この子は照れたような笑顔を浮かべた。 「うん…ちょっとね」 この子は少し躊躇って口を開いた。 「私ね、やっと渡せたの…ずっと渡せなかったものを今夜、やっと…」 この子はあの日記をあの人に渡せたんだ…あの日、渡せなかったのが私のせいだとは相変わらず気付いていない。 「あっ、ごめんね…わけわかんないこと言っちゃって」 ちゃんとわかってるわよ、と私は心の中で返事をした。 「それじゃ、私、あの人を待たせているからこれで…」 そう言い残すとあの子は人ごみの中へ消えて行った。 頬を伝う涙の感触に、私は我に帰った。 とっくに気付いていた。私もあの人が好きだったってこと。 札幌の町が雪祭りで賑わうこの日…私の初恋が静かに幕を閉じた。 |
〜 梅小路久彦さんあとがき〜
| 「共通の友人から見た二人」ほのか編・第3部です。 なぜほのかは交換日記をあのとき主人公君に渡すことができなかったのか…?(渡せ てたらそこで話が終わってしまいますが…) そんなことを考えていたらこんな話ができていました。 ほのかの誕生日には間に合わせようと思っていたのですが、大幅に遅れてしまいました。 |
| 誰でも一度はあるでしょう、胸に秘めた少し苦い思い出。 機会があれば、いつか謝ろうと思っても、なかなかその機会は訪れないものです。 今日もちょっぴりセンチメンタルです。 |
