
センチメンタルグラフティ〜約束
第13話:大村幸(おおむら・さち)『届かなかった手紙』
「はぁ……結局、今日も出せなかったな、コレ」 少女は手に持った白い封筒を机の上にため息と共に置いた。 「もう時間が無いのに……ね。こんな簡単な事が出来ないなんて、どうしちゃったんだろ」 少女の名前は大村幸(おおむら・さち)。肩くらいまでの綺麗なストレートヘアに大きなバンダナをしている。幸はこの春、名古屋から、ここ沖縄に転校してきたばかりの中学一年生だった。 夏が近づいてくるにつれ、時間が無い、と幸は感じていた。 中学一年生で転入する、というのは一見新しい学校に入るのと変わりなく思えるが、ここ沖縄、といった場所では少し事情が違った。都会に比べ、さほど人口の多くない町のため、中学校のクラスメイトはほぼ全員といっていいほど知り合いなのだった。 最初学校に行った時には、その事実に驚かされたが、クラスメイトは昔からの友達のように接してくれ、幸自身もすぐに打ち解けた。 そして何よりも。 「えー、大村さんは中学校から沖縄に来たわけだけど、実はもう一人、転校生――ってちょっと違うか――がいます」 お姉さん、というくらいに若い担任の先生が告げると、クラスはどよめいた。二人も転校生が同時にやってきたのだ。それも同じ学年に。 「さらに。聞いて驚けっ」先生が言うと、教室はしぃん、と静まり返った。「二人は同じ愛知県は名古屋の出身なのです」 「えぇっ!?」 一番驚いたのは幸だった。まさか同じ出身地の転校生(少し違うが)がいるなんて、とてつもない偶然だった。 「紹介するわ。さ、入って」 廊下に向かって先生が呼ぶと、がらり、と扉が開いて、一人の少年が入ってきた。その少年はすこし照れくさそうに、自己紹介した。 「名古屋から来ました。よろしくお願いします」 少年はちらり、と幸を見た。 始業式が終わって、幸と少年はクラスメイトに囲まれた。転校してきたわけではないのだが、転校生扱いだった。 「もしかして二人って知り合いだったりするの?」 「すっごい偶然。もしかしたらさ、宝くじ当たるよりもすごいんじゃない?」 など偶然の転校生たちの話題は尽きる事が無かった。そして、名古屋の話題になると、少年と幸は息を合わせたように話しはじめた。 それからというもの、二人はクラスメイトたちと遊びに行くときも一緒だった。というよりは大抵、遊びに行くときは用事のないクラスメイトが揃って海辺に行ったり、森に遊びにいったりするのだった。その帰り道、幸と少年は家の関係でよく二人っきりになって帰ることが多かった。 「へぇ。そんなに引越ししてるんだ」 「家の仕事の関係でね。名古屋の前は北海道、その前は仙台、京都に大阪……うん。いっぱいだね」 「すごいね。わたしさ、沖縄って初めてなんだ。旅行で来た事もないし」 「ぼくもだよ。引越しばっかりしてるから旅行してるみたいだけどね。実際は旅行なんてほとんどしたことないや」 知っている人が誰も居ない、という最初の不安はクラスメイトのおかげもあったが、少年と出会ったことが一番、その不安を拭ってくれた。幸は、そう思った。 中学校最初の中間試験が終了した当日。クラスメイト達は幸と少年を誘って、海へ行こうと言った。 海、といってもいつも遊びに行っているような海辺ではない。ちょっと奥まったところにある、海辺の洞窟ららしい。 「どうする? あそこって危険だから、って言われてなかった?」 「うん……そうだけど……でもさ」 少年はいらずらっぽい笑顔を見せた。 「面白そうじゃない? 幸も行くんだろ?」 「わたしは……」幸はすこし戸惑って、少年の楽しそうな笑顔を見ると、「行くよ。確かに、面白そうだしさ」そう言った。多分、幸はそちらがメインではない、と思っていた。どこか、いつからかこの同郷(一年と名古屋には居なかったらしいが)の少年と一緒にいるのが楽しく感じていることを自覚していた。 「さーってと。みんな、そろった?」 「「おーーっ!」」クラスメイト達はやたらと盛り上がる。それもそのはず。少年が言ったとおり、そこは近寄らないように、と言われていた場所だった。そういうところほど、彼ら位の年齢には一番盛り上がるのだった。 「やっぱりさ……やめとけばよかったよ……」 「ぼくたち、帰れるかな……」 そして現在、幸と少年は洞窟の中で身を寄せ合ったまま、不安に駆られていた。なんと少年達は洞窟の中でクラスメイト達とはぐれてしまったのだった。上を見上げると、かなり高いところに空が見えている。洞窟の天井に穴が開き、外に繋がっているのだが、人間がジャンプしたところで届くはずも無かった。 「戻るのも……無理だよね」 「潮が満ちて来ちゃったらしいね」 はぐれてから程なくして、だんだんと海水面が上昇している事に気がついた。 気付いたときには時既に遅し。唯一の出口は海の中へ沈んでいた。 「どうしよう……」 「このまま潮が引いてくれたら、外には出られるよね」 「うん。でも……なんかさ、怖い」 幸は膝を抱え、俯いた。膝から下を海につけて、ばしゃばしゃと水音を立てる。しばらく無言の時が流れた後、「嘘っ! 水! 水が……増えてきてる!」幸は悲鳴を上げた。 「まだ満潮じゃなかったんだ」 「どうする? このままじゃ溺れるかも……」 「大丈夫」 「え……どうするつもり?」 少年は着ていたパーカを脱いで、立ち上がった。そして、幸に耳をふさぐように言って、息を思いっ切りすいこんだ。 「た・す・け・て・く・れええええええええええ!!!!!」 吸い込んだ空気を全て吐き出すかのように、叫んだ。息が途切れると、再び吸い込み、また叫んだ。 「た・す・け・て・く・れええええええええええ!!!!!」 幸は耳をふさいでいたが、自分も叫んだ。 「た・す・け・て・く・れええええええええええ!!!!!」 そのとき、洞窟内が陰った。少年はそれに気付かず、叫び続けている。幸は天井を見た。顔に安心の色が広がる。そして叫び続けている少年の腕を引っ張った。少年は何、と幸を見返す。 幸は上を指差した。 「大丈夫!? まったく、心配させないでください……無事でよかった」 先生がクラスメイト達と共に、そこに立っていた。 「叫び声が聞こえなかったら、見つけられなかったかもしれないよ」 幸は少年を涙交じりの表情で見つめていた。 夏が近づくにつれ、幸は次第に元気が無くなっていった。少年が理由を聞いても、なにもないよ、と答えるだけだった。 だが実際は何も無いはずがなかった。 幸は7月に入る同時に、東京に引っ越すことになっていた。余りにも早い、再度の引越しだった。そのことをクラスメイトの誰にも、少年にすら告げていなかった。 「言わないと……もう時間が」 幸は一人になると心の中でそう繰り返していた。引越しを告げることではない。 いつの間にか、あの少年の事が心の中に残りっぱなしになっていた。引っ越す前に一言『好き』と伝えたかった。幸はその手紙を出そうと躊躇い続けていた。 あと一週間も無いというとき、ついに手紙を投函した。 だがその日、幸は風邪を引いてしまい、二日間寝込んでしまった。 二日たって、風邪はすっかり回復したが、幸は愕然とした。送ったはずの手紙が、送り返されてきていたのだった。 宛名の住所には誰も住んでいないのだという。 幸はイヤな予感に襲われ、少年の家まで走っていった。手には戻ってきてしまった手紙を握り締めて。 「うそ……どうして……」 少年の家は、空き家になっていた。 幸は、その場に立ち尽くしていた。 「先生っ!」 「大村さん? どうしたの?」 幸は職員室に駆け込み、先生に少年のことを聞いた。 先生によると少年は急な引越しが決まり、一昨日、広島へと出発したのだという。あまりに急だったので、クラスにも説明が出来ていなかったらしい。 手紙が届いたときには、既に空き家だったということだった。 幸は自分ももうすぐ引っ越すことを告げた。少年にはもう会えないかもしれない、と思うと幸は涙が止まらなかった。 先生は幸をやさしく抱きしめた。 「ううっ……ぐすっ……」 「会えないわけじゃないよ。今度こそ、届く手紙を送ればいいんだから」 先生の言葉に、幸は泣きながらも、強く頷いた。 今は届かなかった手紙を、握り締めながら…… |
ごまさんあとがき
| はじめまして。 『せつなさの星空』には何度かカキコさせていただいたごまです。 今回、今更ながらにセンチSS書いてみたので投稿させてもらいました。 内容としては本家センチヒロインが出てこない、という状況ですが、 時期的に『空白の期間』である小学校卒業後〜中学校の夏まで(3月〜6月)を舞 台としました。 幻の13話目、ということになっていますが、『約束』の小説中からいえば、 6.5話といった所でしょうか。 |
| 今回の作品、少年らしい冒険話とロマンスが程よくミックスされていて楽しいですね。 私も、ロマンスは無かったものの、子供の頃はいろいろ冒険をしたものですよ。 久しぶりに童心を思い出しました!
KAZ
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