新たな始まり
3月、俺は高校を卒業した。来月からは大学生だ。 入学前のある日、出かけようと駅前まで来ると、目の前にあいつの背中を見かけた。 声をかけると横断歩道に入りかけたあいつが立ち止まって振り返った。それと急ブレーキの音が響くのがほとんど同時だった。 赤信号を無視して猛スピードで交差点に飛び込んできた車があいつの体を掠めて電柱に激突した。 あいつは地面にへたり込んでいる。思わず駆け寄ったが、幸い無事なようだ。と、 「だ、大丈夫ですか!?」 女の子の声が聞こえて顔を上げると、そこには杉原さんが立っていた。 「ああ、真奈美…大丈夫だよ」 こいつはさすがに青ざめていたが割りと元気そうに答えた。 まだ高松に居た頃、俺たちはクラスメートだった。 杉原さんと俺は中学3年間一緒だった。 こいつは中学3年の春に転校してきたけど、半年ほどですぐ引っ越してしまった。 こいつはすごくいい奴だったけど、そのときはもう会うことはないかも知れないと思っていた。 ところが高校に上がる時、東京に引っ越したら福岡に転校したはずのこいつが同じクラスに居た。しかも家もすぐ近所。それ以来、3年間腐れ縁だ。 「あれっ、そう言えばなんで杉原さんが東京に…?」 こいつと違って杉原さんはずっと高松に居たんだけど…。 「真奈美は東京の大学に進学するんだよ」 こいつの説明によると、杉原さんは東京の大学に合格して今日、上京してきたんだ。 で、こいつが駅に杉原さんを出迎えに来たところへ俺が居合わせたわけだ。 杉原さんは病弱だったし引っ込み思案な性格だったから、てっきり地元で進学するものと思っていたけど…まさか東京に出てくるとは…。 丁度、去年の今ごろだったけど、こいつがあるきっかけから杉原さんと再会してから1年、こいつは何度も高松を訪れては杉原さんと会っていた。 こいつは呆れるくらい鈍感な奴だから、それは特に下心があってのことじゃなかったと思う。 元々、こいつは暇があるとふらっと旅行に出る奴だ。この1年は特にそれが頻繁で、高松だけじゃなくて北は北海道から南は九州まであちこちに行っていたみたいだ。 もっとも、こいつに言わせるとそれは昔過ごした土地を訪ね歩く、言わば里帰りのようなものだったらしい。 小さい頃から文字通り日本全国を転々としてきたこいつにとって、旅は特別なことじゃなくてごくありふれた日常の一風景に過ぎないのかも知れない。 こいつなら例え地球の裏側だろうと隣近所に行くような気安さで出かけて行くかも知れないな。まあそれは少々極端だけど。 高松に居た中学時代にも、こいつは度々杉原さんの家に行っていた。 杉原さんはクラスでも飛びぬけてかわいい女の子だから、俺は当然、下心があってのことだと思っていた。 俺がそう言うと、こいつはずっと学校を休んでいた杉原さんを元気付けるにはどうしたらいいか、なんて俺に相談してきた。 最初はとぼけているのかと思ったけど、純粋にそう考えているんだとわかったのはそれからしばらく経ってからのことだった。 そう言えば、学校を休みがちだった杉原さんが普通に登校するようになったのは、こいつが転校して行ってすぐのことだった。 あと、杉原さんは去年、小鳥たちのために自分で巣箱を作って高松の公園に設置した、というのを俺はこいつから聞いていた。 昔の杉原さんからすると、考えられないくらいの行動力だ。それはこいつが引き出したんだな、と俺はその話を聞いて思っていた。 それを手伝いにわざわざ高松まで行ったこいつはいかにもという感じで、俺は今さら大して驚きもしなかった。既に慣れてしまっている自分が怖い気がするが…。 しかし実際、そんなことでいちいち驚いていたら、こいつと付き合う方は身が持たない。 こいつは昔からそうだったけど、平気で無茶をする奴だ。 爽やかな笑顔で事もなげに言うからついつい聞き流しがちになるけど、話を冷静に聞くといつもとんでもない無茶を平然とやっている。 この1年間に限ってみても、夜行バスで行った先でマラソンに参加してみたり、幼馴染みの酒屋を手伝うためだけに青森までわざわざ行ったりした。 夏休みは旅をしながら連続二週間、野宿と車内泊で過ごしたなんて言っていた…って、ちょっと待てよおい。 まあ、マラソンはさすがにビリだったらしいけど、でも夜行明けの最悪コンディションで完走するだけでも充分すごいと思う。 それでいて、勉強もそこそこできる。 平日は放課後になると近所のレストランで遅くまでバイトして、休みになるとふらっと旅行したりして、一体いつ勉強しているのかとても不思議だけど大学もしっかり第一志望校に合格していたりする。ちなみに俺と同じ大学だ。 こいつとの付き合いもずいぶん長くなるけど、未だに謎が多い奴だ。 酒屋を手伝いに行った青森では熱を出して倒れたそうだけど、それを聞いてこいつもやっぱり人間だったんだ、と少し安心した…ってそうじゃないだろ。 でもこいつは幼馴染みから手伝いに来て欲しいなんて手紙が来たら行かないわけにはいかないって言うんだけど…東京から青森まで呼びつける方もすごい神経だと思う。 まあ、こいつ宛の手紙を読むわけにもいかないからあくまで俺の想像だが、相手も本気でこいつに手伝いに来て欲しかったわけじゃないと思う。 多分、手紙には手伝いに来てくれれば嬉しい、くらいのことが冗談交じりに書いてあったんじゃないだろうか。 だからこいつがそれを真に受けて青森まで来て一番驚いたのは多分、手紙の差出人である幼馴染みの方だったと思う。 そんな常識外れのことを何の見返りも求めずにやってしまう。こいつはそんな奴だ。 救急車と警察が来て事故の目撃証言を取られたりした後、とりあえず近くの公園に行くと、杉原さんはこいつが転んだ拍子に擦りむいたところを水で濡らしたハンカチで手当てした。 「真奈美…いいよ、大した傷じゃないし放っておいても…」 「ダメですよ、ちゃんとしなきゃ…」 杉原さんは涙目でこいつを見つめて手当てを続けた。 実際かすり傷だったけど、いつものこいつなら大したことのある傷でも放っておきかねない。 しかし、今は杉原さんの涙に圧されるように黙って手当てを受けていた。 杉原さんが付いていればこいつも少しは無茶を控えるようになるかもな。ある意味、結構理想的なカップルかも知れないと俺は思ったりした。 そう言えば今まで気付かなかったけど、こいつはいつの間にか杉原さんを名前で呼ぶようになっていたんだな。 手当てを終えると、こいつは杉原さんを促して立ち上がった。杉原さんの東京での住居はこいつが手配したそうで、これから一緒に行くんだとこいつは言った。 去って行く二人を見送って、そう言えば出かける途中だったんだと今さらながら思い出した俺は足を駅へと向けた。 |
〜 梅小路久彦さんあとがき〜
| 「共通の友人から見た二人」真奈美編・第2部です。 「未来なんてちょっとしたはずみでどんどん変わる」とかいうのが確か某ネコ型ロボットの台詞にありましたが、今回の「俺」の役どころはその「ちょっとしたはずみ」です。 とにかく、ヒロインとベストエンド又はグッドエンドを迎えた以上、主人公君にはヒロインを幸せにする責任がある。 ヒロインを幸せにすることなく不慮の事故なんかで亡くなるなどということはゆるさん!ということが言いたいわけです。 |
| 相変わらず、主人公君はニブチンさんなんですね! 「ちょっとは気ぃ付いたり〜や〜!」と、もどかしくなりますです。 |
