金沢にて
| 高校を卒業して大学の入学を待つばかりの春休み、本家から手紙が届いた。 差出人はお爺様だ。相変わらずの達筆。 もっとも、友人に言わせると「何が書いてあるのかまるで解からん」らしい。 それはともかく、手紙の内容は孫娘の婚約が決まったのでそのお披露目をするということだった。 そうか…。若ちゃん、とうとう結婚相手を決めたんだ。 綾崎若菜――京都にある綾崎本家の一人娘――この僕の目から見ても綺麗な女の子だ。 そう言えば、歌舞伎界大御所のご令息とお見合いをするって話は聞いていたけど…と思って手紙に書いてある相手の名前を見て僕は首を傾げた。 僕も教養程度には歌舞伎界について知っていたけれど、それは今までお目にかかったことのない名前だった。 誰だろ…? 不思議に思って聞くと、母さんは事情を少し知っていたらしくて、相手は若ちゃんの小学生時代のクラスメートだと教えてくれた。 何でも、若ちゃんは今東京に住んでいるというその彼と遠距離恋愛をやっていたらしい。 しかし、例のお見合い相手を断ったってことは…あのお爺様をよく説き伏せられたな。 その話を聞いて、僕は昨年の秋のことを思い出していた。 その日、若ちゃんは連休を利用して泊りがけで遊びに来ていた。 京都から比較的近いということもあって、若ちゃんは小さい頃から何度となく遊びに来たものだった。 若ちゃんが来るのは大いに結構なんだけど、問題は必ずお爺様も一緒に来るということだ。 僕にとってお爺様は一番の苦手だ。まあ、あの人が得意な人なんていないだろうが…と言うか、もしいたらちょっと嫌だ(汗)。 世間一般では孫というのはかわいいものだと思うんだけど、お爺様を見ていると僕のことがかわいいって感じがしない。 かわいくないってことはないんだろうけど、そういうことをあまり表に出さない人なんだ。 それにお爺様がいると、例えば食事時など座り方から茶碗の持ち方、箸の使い方、食べる順番に至るまで少しでも間違いがあると一々文句を言ってくるので全く気が休まらない。 僕の記憶にはないけど、元々左利きの僕を右利きに矯正したのもお爺様だということだ。 それに、最近はある事情から僕に礼儀作法を叩き込もうとしているらしくて、ますますうるさくなった。 しかし、若ちゃんは一年中お爺様と一緒にいてよく息が詰まらないな。やっぱり本家の一人娘、正真正銘のお嬢様だ。 友人は涼しい顔で正座する僕も充分”良家のお坊ちゃん”だって言うけど…。 さて、その日は若ちゃんの姿が見えないからと、お爺様が僕に探して来いときた。 まあ、若ちゃんがこの金沢で行くところは大体決まっているから楽なものだ。 十中八九、東山のあたりだ。 このあたりは京都と感じが似ているせいか、金沢でも一番好きなところだって言っていたからな。 あ、いたいた…って…あれ、は…。 な、な、な、何だあの男は…? 若ちゃんは同い年くらいの男と一緒だった。 若ちゃんと話をしたりする男って言ったら、この僕以外だとお爺様と、父さんと京都の大叔父さん(つまり若ちゃんのお父さん)と東京の小叔父さんと、僕の兄さんと、運転手の中島さんと…って、結構居るなあ、じゃなくって…! それに、それにそれに若ちゃんがあんな笑顔を見せる男は僕だけのはずだぞ…! 僕が頭を混乱させていると、若ちゃんがこっちに向かって歩いて来るところだった。 さっきの男はいつの間にかいなくなっていた。 「あ、小兄様」 単に帰りかけていただけらしいけど、僕に気付いた若ちゃんはちょっと決まりが悪そうな笑みを浮かべた。 あ、「小兄様」っていうのは僕のことね。若ちゃんには兄弟がいないし、東京の親戚は女の子しかいないから物心付く頃から僕のことをこう呼んでいる。 もっとも、生まれは4ヶ月ほどしか違わないんだけど、兄さんは若ちゃんの方が落ち着いていて歳上に見えるって、放っといてくれ(怒)。 ちなみに僕の兄さんは「大兄様」って呼ばれている。それはともかく… 「…若ちゃん、こっちに知り合いがいたんだ?」 「いいえ、あの方は東京からいらしていたんです」 若ちゃんの話によると、さっきの男は小学生のときのクラスメートで、今日はたまたま旅行で金沢に来ていて偶然出会ったらしい。 へえ、東京から来ていたのか、あいつ。しかし… 「どうかなさいましたか?」 「えっ、いや何でもないよ」 何か引っかかったんだけど…? まあいいか。 その日の昼食後、若ちゃんはお爺様と一緒に中島さんの運転する黒塗りのリムジンで京都に帰って行った。 その午後、僕は香林坊で友人と待ち合わせをしていた。祭日の午後、香林坊は一種華やいだ雰囲気だ。 そんな雑踏の中、僕は見知った顔を見かけた。 昼前に若ちゃんと一緒にいた男だった。 まあ、観光に来たのならこのあたりを歩いていても別に不思議はない。 が、それとなく観察していると、どうも散策しているといった感じじゃない。かと言って待ち合わせをしているといった風でもない。 何をやっているんだろう…? その視線を追ってみると、そこには女学生の一団がいた。 僕と同じ茶山高校の生徒だな。グループの中に見覚えのある女の子を見つけて僕はそう判断した。 ん、待てよ…? 女の子の一人に目を止めて僕は気付いた。 そうか、あいつどこかで見たことがあると思っていたけど、B組の保坂さんと一緒のところを前に見かけたんだ。 保坂さんとはクラスが違うから話したことはないけど、学年でも成績上位五位以内には常に入っている才媛だから顔くらいは知っている。 保坂さんに会いに来たものの、周りに友達がいて声をかけ辛いのかな? そう思っていると、あいつはひとつため息をつくと駅の方に向かって歩いて行った。 …一体、何をしてたんだろう? 呼び止めて聞くわけにもいかず黙って見送ったその背中が、僕には何だか少し小さくなったように感じられた。 それが、昨年の秋のことだ。 手紙に書かれている相手の男っていうのはあの時のあいつなんだろう。 年始の挨拶に京都の本家に行って以来、着ていなかったスーツに袖を通しながら、あいつが保坂さんと会っていたって話を若ちゃんの前でしてやろうかな、と少し意地悪なことを考えてみた。 その時のあいつと若ちゃんの反応を想像して、思わず自分の頬が緩むのがわかった。 けど、やっぱりそんなことは僕にはできそうにない、と思い直した。 あるいは、一発ぶん殴ってやりたいような衝動も覚えるが…お爺様や若ちゃんの目を盗んでそんなことができるはずもなく…。 その一方で、相手が誰にせよ入り婿になってくれれば綾崎本家を継がずに済むんだけどな、と僕にとっては結構切実なことを考えていた。 |
あとがき
| 金沢で若菜に会うと「親戚がこちらにいる」と言うことから、年齢や性別はともかく として「いとこ」くらいいるだろうと思いました。 あともうひとつ思ったのは、若菜を嫁に出すつもりだったのなら京都の綾崎家を継ぐ 人間が必要だろうということ。 しかし、せっかく金沢を舞台にしながらこのストーリー…美由紀ファンから石を投げ られそう(汗)。 |
| 私にも一歳年上の従兄弟が居るのですが、彼女が結婚するという話を聞いたときには、 「あれが結婚!」と、驚いたものです。 子供の頃、よく一緒に遊んだことがあるだけに、なんとも微妙な気分になりました。 さて、いつもながら、梅小路さん描かれる人物にははっとさせられます。 私には思いもよらない人物が次から次へと登場するのでとても新鮮です。 人間味あふれる主人公の台詞と、ちょっとせつないところが魅力でしょうか。 梅小路さん書かれる小説は、二度、三度と読み直せば味が出てきますよ。 私も、これくらいの文章を書くことができればと、いつもそう思います。 次回作を楽しみにしております。 |
(2002/10/31)
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